フーリエさんはアンマルチアの里の一番奥……つまりは英知の蔵へと続く部屋の前にいた。
そこにはポアソンちゃんと長老さんも揃っていて、三人で何かを話していたらしい。何か大事な話なら、少し待った方がいいかな、と思うのだけれど、パスカルはそんな三人の間に悪びることなく明るい声で割り込んで行った。
「やっほーお姉ちゃん! 久しぶり〜」
「久々に里でゆっくり出来ると思ったら……これはまた、随分と賑やかな団体様の到着だこと」
やれやれ、とフーリエさんはわざとらしくため息をつく。でも僅かに嬉しさを滲ませる目を見れば、それは単なる照れ隠しだと簡単にわかった。
素直でないお姉ちゃんだと、もう妹はちゃんとわかってるのだろう。パスカルは嬉しそうにえへへと笑って彼女に近付いて、あのねあのね、と甘えた声を出した。
「あのねお姉ちゃん、ちょっとお姉ちゃんの知恵を貸してほしいんだ」
「私の?」
かくかくしかじか、といった具合に大輝石での出来事を説明。
フーリエさんはパスカルの言葉を聞くとそれを自分の知識と整理しているのだろう。真剣な眼差しで何かを考えて、それから言葉を紡いだ。
「魔物の変質に関しては、状況や環境に適応するための、突然変異の可能性が高いわね」
「それはどういうことですか?」
「元来、生物には種を保存するメカニズムが備わっているのよ。極寒の地に生息する生き物も、最初から寒さに適した体を持っていたわけではないわ。外敵の少ない土地に移り住み、その地方に適応した形に種を進化させていった結果なの」
「それと同じ事が魔物にも起こったと?」
「今回の場合は、人という外敵に対し魔物の生存本能が個体に進化を促したってところかしら?」
「待ってください。それは、俺達人間の存在が魔物を強くしたって事ですか?」
「今、そう説明したつもりだけど? ま、あくまで仮説だけどね」
……あー、なんか難しい話してる。
わたし生物そんなに得意じゃなかったんだよなぁ……試験は暗記勝負だからまだなんとかなってたけど。理解はできていないからまったく身についてなくて、なんだか話についていけない。
あれ、でもその進化ってそんなに早く起きるものだっけ?
「う〜ん、だけどさお姉ちゃん、さすがに進化が速すぎない?」
あ、良かった、見当違いな疑問じゃなかった。
「そうね。本来何世代もかけて徐々に変化していくものだから。だけど、昔から大輝石の側では生物の突然変異は多数起こっているわ。何か外からの干渉があれば進化の確率は増すということよ。他にも星の核やラムダのような存在が影響を与える可能性は高い。ラムダが元凶とは考えられないかしら?」
「それはない」
“言い切ったな……”
ふ、とラムダの声が頭に響いた。
アスベルの言葉に関心を示したようだ。
それを合図に、一気にラムダの声が溢れてわたしの耳に届く……でもそれは一瞬だ。
“何故無いと言える。我の力を侮っているのか?”
“信じる……だと?”
“……例えそうだとしても、貴様が宿主だからだ。我を内に封じたからといって簡単に制せると思うのは傲慢な考えだな。”
“……下らぬ。”
そんなアスベルとラムダの問答が一気にわたしの頭に響いて、すぐに聞こえなくなる。
でも、みんなも何事もなかったように会話を続けている。きっと、誰も今のやりとりなんて聞こえていないのだろう。そしてあまりにも一瞬だったから、誰もそんな会話があったことなんて想像していない。
詳しいことはわからないけれど……二人は今、同じ体を使っているわけだし、精神世界で会話、みたいなことができるのかな? 会話をしている間、時間の流れが違うのかなんなのかはわからないけれど……わたしは今もラムダの体組織が体の中にあるし、そのせいで聞こえたのかも。
「ラムダの影響なのかはわからないけど……あの魔物からラムダの力は感じなかった。シオリも感じなかったよね?」
「あ、うん。ラムダに関わってるなら、基本的に無条件で愛しいとか、懐かしいとか思っちゃうんだけど……あの魔物には強いぞこのやろーっとしか思わなかった」
ソフィの言葉にあわてて頷く。
まぁ、大体の物を愛してますのであんまり参考にはならないのだけど。それでもみんなは納得したらしい。
そしてパスカルが、難しそうな表情で天井を見上げた。
……正確には、天井よりもっと遠くを。
「だとすると……原因はあっちかな……」
はるか上空にある、フォドラを。