38.選んで、ほしい

「……シオリは今、どうなっているんだ」

ポツリ、アスベルの絞り出すような声に、幼いシオリはただ淡々と答える。
安心できるおうちに帰れたんだよ、と。安心したように微笑んで。

『夢の中にいる。ラムダのせいで変わってしまったことを元に戻して、そのままゆっくりとわたし達は帰るの。もう一度、あの雨の日を選ぶの』

ぎゅっと、少女の言葉を拒むように彼女の手を握った。
暖かかったはずのそれは、もうだいぶ冷たくなって来ていて、また目の前にいる大事な人を守れないのかと焦りにも似た気持ちが込み上げてくる。
だから、気が付いたら願っていた。願いを、口にした。

「だったら、シオリがもう一度ここを選べばいいんだな?」

そう言ってシオリの手を強く握る。
相変わらず力の入っていないそれを握ることで彼女の道標になればと願いながら。これから彼女が夢の中で選ぶと言うのなら、こちらの世界にいることを選んでほしいと、そう願って。

彼女が元の世界を気にしていたことなんて知っている。当然だ。生まれ育った世界なのだから。そこにはきっと、自分たちの知らないつながりがたくさんあって、彼女のことを好きな人も、彼女が好きだと思った人もたくさんいただろう。
魔物もいない平和な世界だと聞いた。きっとそこなら、彼女は心穏やかに暮らせる。その先に待つのが彼女の正しい終わりだったとしても、きっと最後まで、平穏の中で生きられるのだ。
だから、彼女のことを思うなら、彼女が元の世界に戻ることを、喜ぶべきなのかもしれない。この幼い少女の言う通り、見送るべきなのかもしれない。

それでも、一緒にいたいという思いは、消えなかった。
選んでほしかった。この世界を。自分たちを。……自分を。
そう願ったのはアスベルだけではない。近くに座って様子を見ていたソフィもアスベルに頷いて、彼の手の上から自分の手を重ねた。

「そうしたら、シオリは帰らない? わたし……わたしまだ、シオリといたいよ」
「ぼくもです。そもそも、こんな突然な展開は許しません」

言い訳じみたことを言いながら、ヒューバートも手を重ねる。
次にシェリアが、パスカルが、リチャードが手を握る。
その様子を見る幼い彼女は、泣きそうに首を振った。

『どうして。止めてよ。見ないで。わたしに近付かないで!』
「シオリが好きって、言ってくれたのよ」

静かに、シェリアが答える。
静かにはっきりと、強く。

「だからあたしらもシオリが好き。好きな子とは一緒にいたいじゃん」
『やだ……やだよ……わたしを……』

思わず後退りを始めた彼女の頭を、マリクがぽんと撫でた。
反射的にはねのけるが、そうくると思っていたらしい彼は嫌な顔をすることもなく、ただいつも通りに笑った。
誰もがそうだった。彼女の手を握って、彼女とまだ共にあることを願ってくれていた。

「あいつがかつて選んでくれたように。オレ達だって選んだんだ」
「少し我が儘かもしれないけどね」
「確かに我が儘かもしれない。でも俺達は、俺はシオリといたいんだ」

ここを選ぶことが、家族を捨てるということだとわかっていても。
それでも、自分達を選んでほしかった。