起きて、学校に行って、家に帰る。
当たり前の日常だったこと。
何度も繰り返したこと。
ちょっと退屈だけど、きっと何より幸せな日常。
それを懐かしいと思うけれど、同時に物足りなくてたまらなかった。
だって、夢だったなんて思えないのだ。
それでも戻る方法など見つからない。もう、諦めるしかない……エフィネアで、地球に帰る事を諦めたように。
どっちかにいたいって思ったら、その“どっちか”に帰れるのだろうか。選ぶ権利があるのなら、わたしは……どちらを、選ぶのだろう。
『選ぶのはお前だ』
「……ラムダ!?」
急に頭に響いた声に、わたしは思わず立ち上がった。
バクバクと心臓が高鳴るのを感じる。もうそれ以上の言葉は聞こえない。でも、確かに、はっきりと、彼の声が聞こえた。
夢じゃない。あの声は間違い無く、ラムダの声だ。わたしを向こうに導いてくれたラムダの声。まだ、わたしは……まだ、夢の境にでもいるのだろうか。まだ、願うなら、みんなのところに帰れるのだろうか。
ごくりと息を飲み込んで、今聞こえた言葉をもう一度思い返してみる。
選ぶのはわたし。
選べるのはわたし。
シオリ。
「……アスベル」
呟いて、時計を見る。
もうだいぶ遅い。
日付が変わった。そう。あの日の日付に、変わった。
わたしが事故に遭った日と、同じ日。
わたしはぐっと拳を握って、静かに玄関へと向かった。
靴を出して、履いて、立ち上がる。
「シオリ?」
ドアノブを握ったところで、お母さんの声がした。
振り返ればお母さんと、その後ろにお父さんが見える。
……ああ、やっぱり、夢はこっちだったんだ。
だっておかしいよ。こんな時間に、二人そろってさ。どこに行くんだとも聞かずに、ただそこに立っているだけとか。違うよ。
でも、きっと、それなら。これは、わたしを引き留めるための夢、だから。
わたしは、いつもみたいに笑った。
「あ、あのね。わたし、お父さんとお母さんが大好きだよ」
二人は何を言い出すのだろうという顔をしている。
それでもわたしは、笑顔を崩さないように言葉を続けた。
「本当に本当に好きなの。生まれてきて良かったって、今なら言える。嫌いだって思ったりもしたけど、泣いたし喧嘩だってしたけど……し、あわせ、だったと思う」
声が、つまる。
でも笑わなきゃ。
だってこの夢は、わたしに、ちゃんとお別れをさせてくれるためのものだから。
「でもわたしっ幸せにしたい人達が出来たの! 笑っていて欲しいって、わたしが好きって言うのと同じだけの気持ちが欲しいって思えるの!」
誰かを好きになって、そうして自分が嫌いなのをごまかしていたかった。
誰もわたしを好きになってくれるはずがないから、代わりにわたしがみんなのことを好きになろうと思ったって、それだけだったけど。
今は違う。違うんだ。本当に好きだって思う人が、こんなわたしのことを、好きだって言ってくれる人が、いるから。
わたし、わたし。
「わたし……その人達と……」
ソフィが。
シェリアがヒューバートくんが。
パスカルがマリクさんがリチャードが。
ラムダもケリーさんもバリーさんもフレデリックさんフーリエさんポアソンちゃんみんなみんなみんなが。
アスベルが、好きだから。
「アスベルと、一緒にいたい」
だからわたし、行かなくちゃ。