沈黙が、怖かった。
もし引き留められたら、わたしは泣いてしまうと思ったから。
それでも、何も聞かずに立ち去る方が、きっと後悔するから。二人が何かを話してくれるまで、ただ、じっと待った。
お父さんの声が、ため息混じりに静かに響く。
「……そいつは、お前を幸せに出来るのか?」
「……うん。もう、幸せだ」
「……そっか」
それだけを言って、お父さんはわたしから顔を背けて奥へと引っ込んだ。
どうすればいいか迷っていると、お母さんもため息を混じえて笑う。
「子供なんてどうせ、いつか家を出ていくものだしね」
どんなに大切にしたって、いなくなる。
どれほど愛したって、子供だと思っていたって、いつかは必ず大人になって一人で旅立ってしまう。
だから、その先が幸せなら。
悲しい場所に行くわけじゃないなら。
「置いていくんだから幸せになりなさい」
それなら、笑って見送ったげるから。
そう言ってくれたお母さんが申し訳なくて嬉しくて寂しくて大好きで、ぎゅっと唇を噛み締めても涙が零れてしまう。
それでも、最後は笑いたかった。
ここが夢でも、笑ったわたしを、見てほしかった。
「……うん。あり……がと……っ」
涙が落ちないうちに、扉を開けて走る。
走って走って走って、走って。
その道にあるわたしのいろんな思い出がの中を走る。
大丈夫。お父さんもお母さんも、時間がかかってもちゃんと笑ってくれる。
大丈夫。わたしが選んだんだから、エフィネアへの道はわかる。
あの道路にたどり着けば、横断歩道の真ん中に子供が立ってた。
まだ雨は降っていない。けれどこの後に降る雨の中で、泣いていた子供だ。
知ってる。覚えている。ううん、正確には、あの子はここに存在していないんだろうけれど。本当のわたしは、子供の存在の有無にかかわらず、勝手に轢かれて勝手に死んだ。だから、あれが、出口だ。
わたしが一緒にいるよって。死なせないよって、約束した彼だ。
車が子供に向かって走ってくる。
わたしは強く強く、腕を伸ばした。
「……ラムダ!」
彼を抱き締めた瞬間、車がわたしに触れて、水のように飛び散った。
水音が響く。
わたしの未来を変える。
世界が水の形に還る。
わたしのいたい場所に、帰る。