「……そうか。核の原素をラムダが吸収すれば……」
「けど、そんな事してアスベルは大丈夫なの?」
わたしの言葉に、シェリアが不安そうにアスベルを見た。
と言っても、彼だって全てわかるわけではないだろう。
アスベルはゆっくりと目を閉じて、ラムダに問い掛けているようだ。
わたしにも、ラムダの声だけが聞こえてくる。
“我は無事でも、お前はどうなるかわからぬな。核の原素は我に流れ込む時、お前の肉体と精神を通過する事になる。その際にかかる負荷は、生身の人間にはとても耐えられまい。下手をすれば自我を保てずに肉体も精神も朽ち果てる”
“あの時は肉体や精神がほぼ我の支配下にあったからだ……どうするつもりだ?”
「ラムダに頼って原素を吸収するなんて危険だ。生身の人間であるアスベルには耐えられない!」
不意に、ラムダとアスベルの対話を遮る形でリチャードが強く声を張り上げた。
彼は至極真剣な表情で……どこか泣きそうなくらい必死にアスベルを見ている。
だがアスベルは、わたしが想像した通りの答えを出した。
「いいや、大丈夫だ。俺が原素を吸収する」
「無茶よ!」
「そうですよ兄さん! 少しは考えて物を言ってください」
「考えたさ。俺はラムダにこの体を預けようと思う」
「なんだって!」
アスベルの提案に、ラムダとの会話を聞いていたわたしでさえ驚いた。
つまりアスベルは、一時的にでも自分の体の全権利をラムダに預けるというのだ。
下手すれば自ら死にに行くような提案、驚かない方が難しい。
「まさか、ラムダに自分自身を浸食させて乗り切ろうというのか?」
「はい、そうです」
「ダメだアスベル。それはかつての僕のようになるという事だぞ」
「そんなことをしたら、アスベルがアスベルでなくなって……」
「あくまで一時的に預けるだけだ。その間に原素を吸収し、ラムダの中に閉じ込める」
平静に言葉を続けるアスベル。
嗚呼、そうかと、思った。
アスベルはラムダを信じているのだ。たぶん、わたしがラムダに対して思っている以上に。
だからもう、揺るがないんだ。だから大丈夫だって、信じている。
それならとギュッと握り拳を作って、わたしも覚悟を決めなくてはと目を閉じた。
「確かに危険なのは原素が流れている間だから、流れている間だけラムダになって生身の状態でなくなっていれば、アスベルへの負担は少なくてすむだろうけど……」
「しかし、核の原素を大量に取り込んだラムダが活性化する可能性はないのか?」
「……君は事が済んだら、ラムダが君に体を返すと信じているというのか」
「もちろんだ。みんなも見ただろう? ラムダは俺たちの事を自らの意志で守ってくれた。そんなラムダの気持ちを俺は信じてみようと思う。どのみちフォドラの核をこのままにはしておけない」
少し寂しいことだけど、みんなはまだラムダを完全には信用していない。
いつかまた、アスベルの体を奪おうとするのではと不安がっていたことを知ってる。
それでも、ラムダがアスベルと一緒にいて少しずつ変わってきていることも……みんな感じていたから。
だから、仕方ないかと、みんなため息を吐いた。
「……そうですね。今のフォドラの原素には魔物を急速に進化させる力があります」
「たぶんその原素がエフィネアにも影響を与えてるんだよね〜」
「となれば、フォドラの核をこのまま放置しておく事は出来ないわけだな」
「だから俺がやるんだ。ラムダと二人で」
……大丈夫。
アスベルは強く笑ってる。
大丈夫。
ラムダならきっと、きっと……
繰り返しそう頭の中で言い聞かせて、何か言葉を発したいのを堪える。
今口を開いたら、不安を言葉にしてしまいそうで怖かったから。
大丈夫、うまくいくよって……言えない自分が、わかっていたから。
「……もし、上手く行かなかったら?」
かすれそうな声が隣から聞こえる。
ずっと俯いていたシェリアが、不安を隠せないままにそう問い掛けていた。
「もし上手くいかなくて、アスベルがアスベルでなくなっちゃったら?」
「俺は大丈夫だ」
「なぜそう言い切れるの?」
「ラムダの事を信じてみようと言ったろ。そうするだけの根拠だって十分にある。だから……」
「……う、」
ぽたり、シェリアの両目から涙が零れる。
ぽたぽた、ぼたぼた、止まらないそれを乱暴に拭うようにして、シェリアはわたしに抱きついてきた。
僅かに聞こえる泣き声に、わたしはシェリアの頭を撫でてからみんなを見た。
「わたし達、先に戻ってるね」
「あ、ああ……」
シェリアを連れて外に出る。
みんなもそう長くは話さないだろうけど、泣いているシェリアを見てわたしも泣いてしまいそうだったから。
信じてることと不安なことは、やっぱり別のこと、だから。
……ごめんね、ラムダ。
すぐに、背中を支えてあげられなくて。