75.これから、未来

たぶん、今まで生きてきた中で一番緊張して一番幸せな時間だったかもしれない。
ラントをアスベルと二人だけで歩いて、ソフィがシェリアの家にまで植えた花やメロンを眺めて。ラントに暮らす人達と話したり、優しい目をした鶏なんかと話した気分になったり。最近が大変だったから、尚更楽しく感じた。
その間、アスベルはずっと手を繋いでいてくれて……ドキドキしていることが伝わってしまっていないかと、わたしはそれが心配だった。
日が落ちてきた頃、風車に登って街を見下ろす。
そういえば約束をしたのもこの場所だったな、なんて思って、時間が経つのは本当に早いものだとしみじみ思った。

「ありがとうねアスベル! スッゴい楽しかったよ」
「俺もだよ。久しぶりだな、こうやってラントを巡ったのも」
「ずっと忙しそうだったもんね」

半年ぶりに会った時も大変そうだった、と笑えば、あの時は頑張ったから、でもまた溜まってるんだろうなと苦笑。
そうして日常に戻るのだとひとしきり笑って、アスベルは少し真剣な色がこもった声で名前を呼んだ。

「……シオリ」
「うん、いいよ。何でも聞くよ。アスベルと約束だしね」

デートの代わりに、アスベルの言いたい事を聞くこと。
それが半年前、ここでした約束だ。
風車の手すりに寄りかかるわたし達を、夕焼けが赤く照らす。
ラントの夕暮れは綺麗だ。
くっきりとした赤が、黒い影を際立たせてはっきりとその存在を伝えてくる。

「俺はさ、これからも気持ちを繋げて行きたいって、フォドラで話したよな」
「うん。それをソフィも助けてくれるんだよね。あは、今回のラムダの動きも、アスベルの思いが繋がった証だよね」
「ああ。凄く嬉しかった。だからこれからもそうやって生きたい。……その時に、一番に隣にいてほしくて、何よりも守りたい人がいる。一緒にソフィを見守ってほしい人がいるんだ」

びくりと、体が強張った。
隣いたい人。
それはきっとアスベルの好きな人。
その声は、誰を呼ぶのだろう。
ギギ……と鳴る風車が、微かに聞こえる街の人の声が、耳元で聞こえるくらい高鳴る心臓が、それを聞くのを期待するように恐れるように息を潜める。

「シオリ。俺の家族になってくれないか」

アスベルの声がそれを紡いだ瞬間に、いろんな感情がわたしの中を駆け抜けた。
それはある意味、頭の中が真っ白になってしまうのに似てる。
何を言えばいいのかもわたしが何を感じたのかもわからなくなって、でも心臓が高鳴るのだけがわかる。
わたしの中に言葉が染み込んでいくのがわかる。

「……っわたし、」

言葉が出ない。
だってそれって、アスベルは、わたしの大好きな人はわたしを選んでくれたって、そういうわけで。
じわ、と浮かんでしまいそうになる涙を誤魔化すように、わたしはくるりとアスベルに背中を向けた。

「わたしっメロン持って帰らないと!」

なんとか言えたのはそんな言葉だ。
表情は見えないけど、たぶんアスベルも困惑してる。
それでもわたしは早口にまくし立てるように言葉にする。

「メロン持って帰って、メロングミも渡して、荷物纏めて、そし、たらっ」

そっと後ろを伺う。
たぶん今のわたしは真っ赤で泣きそうで、でもきっと、幸せそう。

「そしたら、わたしを……アスベルの家族にしてくれる?」

アスベルは一度驚いたように目を瞬かせて、それからふにゃっと泣きそうに表情を歪めて。
それを堪えるように何かを噛みしめるように、ぐっと目を閉じる。
そしてふわり、微笑んだ。
すっと両手をとられてぎゅっと力を込める。
暖かい手のひらが嘘じゃないよって教えてくれて思わずふにゃりと笑えば、ぱたりと涙が零れてしまった。
でもそれすら嬉しくて幸せで、アスベルの手を強く握る。
アスベルの青と紫の瞳に映るわたしは幸せそうで。
ううん、たぶんわたしは、今この世界で一番幸せな人間だ。

「……シオリ」
「うん」
「好きだよ」
「、わたしも。大好きだよ」

これから未来を、一緒に歩きましょう。
手を繋いで、未来へ繋げて生きましょう。
この、掛け替えのない幸せを。



76.それから、未来
空がよく、晴れていた。
風が心地よく頬を撫でて、踏みしめる大地も暖かい。

かつて一緒に世界を巡った仲間達の話を、いろんなところから伝え聞くのはとても楽しい。未だにみんなが繋がっていて、今も世界が続いていることがわかるから。
それは昔、こうなったらいいなって思った未来に、自分も溶け込めているとわかることだから。

この道の先に、一年中花弁を広げる花畑がある。
そこにある大きな木の前に、あの三人はきっといる。
今頃その木に、四人目の名前を刻んで手を重ね合わせて、再び誓っているのだろう。
永遠に、永遠に……死んだってなんだって、ずっとずっと続く友情を。

そして、少女はきっと、呟くのだ。

「見守っていくよ。この世界を……ずっと」





  *



 *

*   *

 *
   *


   *    **
* * *

 ***  *


**

 * * **

*** *



  *  *

   *

 *

  *





  *




穏やかな光の中で、幼い笑い声が響く。

一年中咲き続ける花畑の中で、幼い少年は少女を追い掛けた。
長い髪と真っ白なワンピース。
彼女を捕まえようと地を駆けて、でもするりと避けられて転ぶ。
それすらも楽しくて、少年は少女ににっこりと笑いかけた。

「……ひとりの男の子が、迷子の種を拾いました。男の子は自分の庭に植えて、毎日世話をしました。すると、迷子の種はちいさい可愛い花を咲かせたの。そのあと、種はどうなったと思う?」

柔らかい、だが可憐な声で少女は話し出す。
彼女はいろんな事を知ってる。
自分の知らないほど昔の事や、今の事。少女が見て来た、たくさんのお話。
そしてこれはまだ、少年の知らない話。
だから首を傾げると、少女は座り込んだ自分の膝の上に広げた本を愛しそうに撫でた。

「今度はお星様になって、みんなを見守ってるの。自分も見守ってもらったぶんのお返しなんだって。……どのお星様かって?」

ふわり、ふわり。
少女は笑う。
愛しそうに愛しそうに、笑うから。
だから少年も笑った。
彼女がこれからも笑っていてくれるように。

「それはね……みんなが一番よく知ってる、一番大好きなお星様だよ」

君は今日も幸せだろうか。
見守って行くよ。
この、大好きな世界を。





         *Fin*
*************