31.忘れない、から

「……頭が痛い」
「大丈夫ですか? マリクさん」
「教官は真っ先に原素ハイになっていたみたいだから、急な変化で体が驚いてるのかな」

次にわたしたちが落ちた場所は、かめにんの里だった。
二回目の景色というのもあって、わたしたちの反応はとても薄い。
ここに落ちてきたところで、原素ハイにはなるみたいだけれど……やっぱり、濃度が違うからか、体に不調は出るらしい。先ほどまでよりだいぶ落ち着いた様子で、けれど頭痛を訴えるマリクさんを気遣いながら、余裕ともとれる態度でわたしたちは会話した。

「いや、もう大丈夫だ。カッコ悪いとこ見せちまったな」
「大丈夫ですよマリクさん。一緒に暮らしていた間、何回もカッコ悪いとこ見ましたから」
「そうか、なら安心だな」
「そうですね、それなら安心ですね教官!」

あはははは、と笑いに包まれる。
ひとしきり笑って、わたしは物足りなさに思わず真顔になった。

「ツッコミがいない」
「お二人とも! どうもありがとうございましたっす!」

突然、かめにんがそう声をかけてきた。
たぶん、前に話したかめにんだと、思う。
甲羅の背負い方が同じだと思うし。さすがにかめにんの見分けはつきにくくて、ちょっと悔しく感じるのはここだけの話だ。

「黒いかめにんのことっす。あいつ、すっかり更生したみたいで……」
「えっ? どっどうやって連絡がきたの!?」
「え? さっき来たっすよ?」
「帰れないんじゃなかったの!?」
「落ち着けシオリ。そういうものなんだ」
「そういうものって……」
「なんだ、そんなにツッコミをするだなんて、原素ハイにでもなったか?」

ドヤァという表現が似合う顔をされて、思わずべしりと頭を叩いてしまった。
い、いけない。何をやっているんだろう。マリクさんみたいに素敵な人を反射的とはいえ叩いてしまうだなんて。
シェリアの例もあるし、頻繁に下に降りているけど原素ハイになってしまってたりするんだろうか。
悶々と悩んでいると、一度引っ込んだかめにんがアストンさんの剣を持って、改めてこちらに走ってきた。
それをしっかりとアスベルに渡してから、わざとらしい声で話し出す。

「それで、これがお話の剣っす。いやー困ったっすね。管理が杜撰でどっかに行ってしまったっす」
「え?」
「はー大変大変っす」

そう言って走って行ってしまう。
残された剣を握って、わたしたちは顔を見合わせた。

「無料でくれたね」
「ああ。親父の剣だ」
「これは抜けないのか? ここに窪みがあるが……」
「ええと……あ、もしかして」

かめにんってやっぱりいい子で可愛いんだなぁなんて思ってる間に、懐から何か高価そうな指輪を取り出したアスベルが、鞘の窪みにそれを嵌め込んだ。
カチリと音をたてて、鞘が剣から抜ける。

「抜けた!」
「……でも、」
「ボロボロだな」

鞘から現れた刀身は、長らく手入れもされていなかったのだろう。
刃こぼれと錆とがこびりついて、とてもじゃないがこれを使用して戦うのは不可能なほどにボロボロだった。
親父のもので古かったからな、と肩をすくめるアスベルの隣で、わたしはなんとかこれを元通りに出来ないかと考える。
鍛冶職人……っていうと、ジョーくんのお兄様がそうだったような気がする。でも、今どこにいるかなんてわからないし連絡手段もない。わたしとしたことが、連絡先を聞かなかったなんて……悔しい。
他にっていうと……ああ、そうだ、アンマルチア族!

「アンマルチアの里に行けば、直してもらえたりしないかな」
「どうだろう。そこまで無理しなくても……」
「やだ。アストンさんの剣だもん」

会ったことはないけど、会ったことないからこそ、こうして遺してくれたものを大事にしたかった。
……その、大好きな人のお父さんだから、というのもあるけど、会えたら絶対、好きになっていたはずだから。
わたしの頑なな姿勢に、アスベルは照れくさそうに笑って、ぽんと頭を撫でてきた。

「ありがとうな、シオリ」