10.三人旅

知ってる。
世界には悲しいことが。
たくさんたくさん、あるんだって。


わたしたちはあの後、現在地であるテセアラ国と戦争中だという、隣国のシルヴァラントという国を目指して旅をすることになった。
戦争している相手の国に行くなんて、と思わないでもないけれど、マーテルさんとミトスくんがエルフを名乗る限り、あまり関係のないことだと、彼らは言う。
エルフの里であるヘイムダールは基本的に人間の治世に関わらない。地理的にはテセアラ国に存在するが、独立した集落だと言ってもいい。種族としても別物なので、人間の都合など知ったことじゃない、という態度でいれば、国境を越えても何をしても、そんなに気にされることはないだろう、とのことだ。
そうまでしてかの国に渡ろうとしているのは、シルヴァラント国では「ハーフエルフを重宝している」という噂を聞いたからである。ハーフエルフを厭うのは、エルフだけではない。人間も大多数が彼らを嫌厭している。その中で、積極的に重宝していると聞いたら、どういう暮らしをしているのかはわからずとも一度行ってみよう、と思うのは自然なことだった。

そうして今が、その旅の途中。
最近は戦争のせいで、大気に宿る「マナ」とやらが不足して狂暴化した魔物が増えている……と、里でマーテルさんから教わった知識の通り、飛び出してくる魔物に向かって帯を強くしならせて、その道中を歩く。
ミトスくんにもらった帯は立派な打撃武器として使うようになって、最近ようやく手に馴染んできた。といっても、戦いはまだまだ苦手だけど。後ろで二人が魔術を使ってフォローしているので、大きな怪我は今のところしていない。

「はあ、はあ……よし、なんとかなった」
「大丈夫? ナギサ。無理しては駄目よ」
「そうだよ。ナギサは人間で、戦い慣れだってしてないんだから」
「それはわかってるけど……でも、二人とも魔術を使うでしょ? せめて詠唱中だけでも守りたいんだよ」

心配して寄ってきた二人に大丈夫だと笑い返す。これでも里にいた頃から筋トレをしていた成果は出ているのだ。すごく接近しないといけないわけじゃないし、こうやって戦うのも、そう回数は多くないから、まだ大丈夫。
それでも表情が晴れないのは、今回のこの戦闘が、二人のお人よしを理由にしているから、だろう。
確かに魔物はこちらを襲ってくるが、出る場所なんて限られている。そこを避けて通れば、基本的に戦うことはない。
それなのに、わざわざ魔物が出る場所に来たのは、この近くの街の人が、魔物被害で苦しんでいると聞いたからである。
数ヶ月前にわたしを助けてくれたのもそうだが、二人は困っている人がいると手を差し伸ばさずにはいられないらしい。

「困った人がいると、すーぐ飛び出して行くんだもん。まったく……二人ともいい子なんだから!」
「あははっもう! 誉めてるのか違うのかはっきりしてよ!」

もう魔物がもういないことを確認してから、ミトスくんの頭を乱暴に掻き撫でる。
それがくすぐったいと笑い声をあげる彼を見て、マーテルさんも笑い声をあげた。

「だって、困ってる人がいるなら放ってなんておけないわ」
「そうだよ。それに、ボクたちだって嬉しいし」
「誰かが嬉しいと自分も……ってやつ?」
「それだけじゃないよ。だって、ナギサに会えたじゃない」

はて。わたしと会えたことと、魔物討伐って何か関係があるのだろうか。
ぱちぱちとまばたきをして疑問を訴えると、彼はふわりと笑って。あの、強い意志を宿した綺麗な瞳で、まっすぐにわたしを見上げてくる。

「ナギサはボクたちを、ハーフエルフだからって嫌ったりしない。ボクたちっていう個人を見て好きだって言ってくれた。それが凄く嬉しいんだ」

そんなの、わたしからしてみれば、当たり前のことなのに。
先ほども言った通り、ハーフエルフというのは、ヘイムダールの中でだけ嫌われているわけではない。エルフが、人間のように感情豊かなハーフエルフを同族と見れないように、人間も、自分たちとは違う時間の歩みを持つハーフエルフを同族とは見ない。
ハーフエルフというだけで、みんなが離れていく。今、二人がエルフを名乗って旅をしているのもそのためだ。ハーフエルフだと知られれば、みんなが彼らを嫌う。突き放す。迫害する。
それでも、それが当たり前の世界でも。誰かは、自分たちをただの個人だと受け入れてくれることが、あるかもしれないから。かつてマーテルさんが言ったように、優しくすれば優しさを返してもらえると、彼らは信じているから。
だから、何度も立ち上がって手を差し伸べる。わたしは、二人のそういうところが好きだった。

「ハーフエルフを重宝してくれるっていうシルヴァラントには、そういうナギサみたいな人がたくさんいるかもってことでしょ? そんなにいるなら、きっとテセアラにだっているさ」
「私たち自身を見てくれる……そういう人に会えた時、その人を突き放したりなんてしたくないものね」

ナギサにもそうして出会えたのだもの、と笑顔を向けられてはもうだめだ。降参。わたしから言えることなんて何もない。
だって二人とも、ちゃんと自分の中の強い意志に従って動いてる。周りに流されているわけではない。自分の中の優しさを信じている。
そんな姿を見せられて、止められるわけがない。ううん、止めたくなかった。

「……降参。そう言われると、二人のお人好しを止めるなんて出来ないよ」
「ふふ。ありがとう」

それから街に戻って、魔物の戦利品を片手に無事に討伐したことを告げれば、街の人々は口々に感謝を伝えてくる。
お礼に今日はここで泊まってください、ぜひこれを受け取ってください。そう優しく歓迎してくれる彼らはミトスくんたちをエルフだと思っているけれど、それでも。
二人をこうして暖かく迎えてくれる光景を見れることが、わたしは今、何よりも嬉しかった。