12.君たちといたい

「ねぇナギサ。ナギサは本当にボクたちについて来てよかったの? もっと何か、やりたいこととかあったんじゃない?」
「ここは人間の街よ。ナギサなら、ここで暮らすことは難しくなんてないわ」

二人が突然そんなことを言い出したのは、魔物討伐の礼だと言って無償で宿に泊めさせて貰った夜だ。
正直、彼らがこの言葉を言うことは、予想がついていた。
この町は、何故かわたしに優しい。というか、この町の長の息子さんがやたらとわたしを気に入ってくれていて、何かと気にかけてくれるのだ。ありがたいけれど、ちょっとわたしは苦手かな、と思っているその人がいる時。二人はほんの少し、距離をとる。いつも繋いでいた手を離そうとする。
そのことに気付いたら、もう次に彼らが言うだろう言葉は簡単に想像がついた。優しい彼らが何を思うかなんて、まったく想像できないような付き合いじゃない。

──人間であるわたしならこの場所でも生きていけるはずだ。
──ハーフエルフの自分たちについて来なくてもいいだろう。
──三人ならどこにでも行けるけれど……三人じゃないと生きていけないわけじゃないから。

そう言って、急にわたしを置いて行ってしまう可能性もあるなあ、と思って目を離さないようにしていた。だから直球で飛んできた言葉に、ほらね、と思った。
それが二人の優しさだともわかってる。
二人とも優しい人だから。
それでもやっぱり、ちょっとだけ胸が痛い。

「……わたし、いらない?」
「そういうわけじゃない! そんなわけないよ!」

慌ててミトスくんが声をあげる。
全身で首を振って否定する姿に安心した。彼らの優しさはわかっているけれど、実は本当におわかれしてもいいんだって思われていたら、悲しかったので。

「言ったでしょ。ボクは、姉さまとナギサがいてくれたらそれでいいって。でももし、ここに残りたいなら、残ってもいいんだ。ボクは、ナギサが幸せになってくれる方が、いいから……里を追放されたのだって、別にナギサのせいじゃないよ。どうせいつか、出ていくことになっていたんだから」

だから気にしないでいいんだ、と諭すように言われて、わたしは眉を下げる。
だって本当に、わたしはそんな優しさなんて欲しがっていないのだ。わたしはまだ、彼らと三人で旅がしていたい。いつか……三人で暮らせる場所で一緒に生きたいと、そう願っている。
だからわたしは、それだけじゃないんだ、と静かに首を振った。

「わたしね。確かに、恩返しとか、償いとか、そういう気持ちがないと言えば嘘になるんだけど……それ以上にね、結構、この旅が楽しいんだ。不安もあるけど、それでもいろんな物を見て、いろんな物を食べて、いろんな物を感じて……その景色に、二人がいると、それだけで、全部どうでもよくなっちゃう」

恩返しをしたかった。責任を取りたかった。これらは全部本当だ。これからのことに不安もいっぱいある。帰る家も友達もみんないなくなって、見知らぬ世界で生きることに恐怖だってある。
どうしてこの世界に来てしまったのかもわからないし、もしかしたらまた急にこの世界からいなくなってしまうかもしれない。
でも。以前、そのことをマーテルさんに話した時、彼女は手を握ってくれた。それまで一緒にいるわと笑ってくれた。それだけで、わたし、ここで生きていていいんだって、思って。彼女たちのいる景色が、それまで以上に綺麗にきらめいて見えた。
どんなに不安で、先行きが見えなくても。彼らが隣で笑っているなら、わたしはきっとどこででも生きていけるのだと、そう強く思った。

なので、ちょっと、かなり恥ずかしいけれど。言葉もきっと拙いけれど。一生懸命に自分のこの気持ちを伝えれば、ミトスくんがわたしに飛び付いてきた。

「だからわたし、ミトスくんとマーテルさんと、まだまだ一緒にいたい。堂々と胸を張って旅をしていたい。……きっとこれ以上にしたいことなんて、ないよ」
「ナギサ……」
「まあ、詳しいことは何も考えてないとも言うけど……」
「……はは。ナギサらしいや」
「それに何より。約束したしね」

約束はお守りにもなるって、いつだったかに聞いたけれど。確かに、それだけでいっぱい頑張れると思った。
ずっと一緒いよう。その約束をした時も、里を出る時にそう言って手を差し伸べてくれた時の喜びも、全部が今のわたしを動かしている。
だからまだ、お別れなんてしたくないよ、という気持ちを込めて、ミトスくんの頭をゆったりと撫でてやれば、すぐ隣にマーテルさんが座ってそっと嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう。私もそうできたら凄く嬉しいわ。だって私、ナギサが大好きですもの」
「わたしも。マーテルさんのことが大好き」
「ずるい! ボクだって姉さまもナギサも大好きだよ!」

あらあら、と笑うマーテルさんをミトスくんごと抱き締めれば嬉しそうな歓声があがる。
助けてもらったから一緒にいたいって、そんな気持ちから始まった二人との生活だけど。もうそんな過程なんて関係ないくらい、ただ二人が好きで、大好きで。
この時間がずっと続けばいいのに、と願いながら、そのまま三人でベッドに倒れ込んだ。もう寝てしまおう、とわたしとマーテルさんでミトスくんを囲んで川の字になって、明かりを消して目を閉じる。
目を閉じて、わたしはちょっとだけ、泣きたくなった。

……ハーフエルフは、エルフほどではないけれど、やっぱり千年程度は生きるそうだ。成長の仕方もゆっくりで、わたしはこれから一人でおばあちゃんになる。
わたしはどうしたって、彼らのことを置いて行くのだ。こうして三人がいいと言ってついて行っても、必ず彼らとお別れしなければならない。
それでも二人であなたの思い出話をするから寂しくないと、いつだったかに彼らは言っていたけれど。でも、長くいるほど傷つけてしまう気もして、わがままを言って傍にいてごめんねと、申し訳ない気持ちになる。
でも、最後までは一緒にいたい。子供を残して死んでしまう親の気持ちってこんな感じなのかな、なんて。そんなことを思っては、それなら尚更、彼らの帰る場所を見つけなければと決意する。

どうか、それまでに。手を離さなければならない、その日までに。
彼らが安心して笑っていられる場所にたどり着けますように。