5.あなたに会いに

「ごめんなさいね。あの人はエルフであることに誇りを持っているだけなの」

翳された光が優しく体を包むと、すう、と痛みがひいていくのがわかる。
マーテルさんたちの家に戻ってまず、わたしはさっさと彼女の服に着替えさせられて、治癒術というものをかけられた。
先程の男が使ったのも魔法、だったらしい。なんでもエルフの血をひく者はみんな大なり小なり魔術が使えるのだとか。すごいなあ、と素直に思ったけれど、そう説明する二人はなんとなく悲しそうだったに見えたので、わたしは黙って治療を受ける。
それから、代わりに謝罪。彼女が謝ることなんて何もないのに。

「人間に対してもだけど……特にハーフエルフへの風当たりが酷い人だから、あなたにも迷惑がかかってしまったわね。本当にごめんなさい」
「マーテルさんが謝るようなことじゃないです。それよりあの……ハーフエルフって、何ですか?」

わたしの質問に二人の表情が固くなる。
してはいけない質問だったかな、とも思ったけれど、これはちゃんと聞かないといけないことだろうとも思ったから、何でもない、と引っ込めることはしなかった。
ハーフ、って言ってるし、なんとなく意味はわかるけれど。でも、そんなぼんやりとした知識ではいけない。あんな風に嫌われ者として扱われる理由もわからない。こんな里のはずれで暮らす意味もわからない。
だから、ちゃんと知らないといけない。そう思って答えを待てば、マーテルさんはす、と目元を伏せて、なんとか取り繕った顔で笑う。

「ナギサさんの世界にはいないのね。その名の通り、エルフと人間の間に生まれた者のことよ」
「……みんなから、嫌われ者なんだ」

吐き捨てるようにミトスくんが呟く。
それだけで、わたしが思っている以上に、彼らは拒絶されてきたのだろう、と想像がついた。二人は、こんなにわたしのことを心配して助けてくれるのに。わたしは感謝しかできないのに。彼らには、こうして手を差し伸べてくれる人は、いなかったのだろう。そのことが、なんとなくわかってしまった。
わたしの世界では国際結婚なんてもう珍しいものではなくなって、外国人とのハーフどころかクオーターだって当たり前にいる社会で生きてきたから、たったそれだけのことで、とわたしは思ってしまうけれど。この世界では、違うのだ。それが、決定的な違いになってしまうのだ。
……さっき、わたしを助けてくれた時。震えていた彼は、一体どれほどのつらい思いを味わったのだろう。

「ああ、でもよかった。やっぱり一人なんて心配で、せめて何か食料でも、と思って追いかけたの。大きな怪我をしてしまう前に間に合って、よかった」

優しく、ことさらに明るく。マーテルさんはそう笑う。
わたしを元気づけようとしてくれているのだろう。仮にわたしがこの後態度を変えたって、それでも心配だから駆けつけたのだと、きっと笑って受け入れるのだろう。そんな強さと諦めを感じた。変なの。諦めているのに、優しくすることをやめなくて、こうして手を差し伸べてくれる。
泣いていいのに。泣いていいはずなのに。謝るのはわたしの方なのに。触れられない手は、震えているかどうかもわからない。

「どうしても外に行くとしても、今日はもう遅いわ。明日、朝早くに外に連れ出してあげるから、今日はどうか休んで。早朝なら、問題なく出て行けるはずだから……」
「わたし、ミトスくんとマーテルさんは素敵な人だと思います」

思わず零れ出た言葉に、二人が動きを止める。じっと、わたしを凝視する。
その視線に少し怯んだけれど、それよりも伝えたい言葉があったから。ううん、伝えないといけないと思ったから。流されてでもこうと決めたら、わたしはちゃんとできる子なのだ。だからわたしは、言葉を紡ぐのを止めなかった。
治癒術をかけるときにも決してわたしに触れてこなかったマーテルさんの手を握って、マーテルさんを見つめて。わたしの素直な気持ちを伝えることを、やめなかった。

「ミトスくんは湖に入ってわたしを助けてくれた。マーテルさんもわたしを追いかけてくれて、魔法を使ってまで助けてくれた。わたしだったらそんなこと、出来ないです」

誰かを助けることは、とても勇気のいることだ。
わたしだって、きっと先ほど遠くから見ているだけだったエルフたちのように、何もできずにただ傍観することしかできないだろう。
さすがに、あのエルフの男みたいにあからさまな無視なんてしないけど。積極的に関わろうとしなかっただろうから、彼らを責めることはできない。
でも、だからこそ。助けてくれた二人がとても優しいってことが。庇ってくれた二人がとても勇気のある人だってことが。関わってくれた二人がとても素敵な人だって、わかるから。それがとても嬉しかったから。
それを伝えないなんてひどいことはしたくないから、わたしは強く、彼女の手を握った。

「ハーフエルフとかよくわかんないけど、二人はいい人だって、思うから。だから謝らないでください。わたし、本当に感謝してるんです。それに、」

す、と息を吸う。
少しの照れくささとか、そんなの全部振り切って。
感謝とか嬉しさとか、たくさんの気持ちを込めて、わたしは言った。言葉にした。

「わたしは二人のこと、好きですよ」

まだ、出会ってほんの数時間しか経っていない。服が乾くまでの間、わたしが異世界から来たことを話して、簡単に付近の地理を教わったくらいしか、会話だってしていない。
でも、好きだって思った。見た目もすごい綺麗な人たちだけど、何よりとっても勇気のある素敵な人たちだって、そう思った。
これは全部本当だ。お世辞なんかじゃない。だからこそ、先ほども迷惑をかけてしまったことが申し訳なくて。
さっきはごめんなさい、ありがとう、と言えば、ぽたり。二人の目から雫が落ちた。
そのままはらはらとこぼれていく涙を見て思わずギョッとして手を離してしまうと、二人はやがて互いに体を寄せ合って涙を流した。

「あ、あの……? ごめんなさい、め、迷惑でした……?」
「ち、ちがうの……ごめんなさい……ただ、そんなふうに、言ってもらえたのは……初めてで……」
「ボクたち、いつも何をしても……疎まれはしても、感謝なんて……されたこと、なかったから……」

びっくりしただけ。うれしいの。ごめんなさい。ありがとう。
どこかたどたどしく繰り返される言葉に、わたしは何も言えなくなる。
だって、そこにはわたしの知らない世界があった。ただ感謝を込めて好意を告げただけで、こんなに泣いてしまうような衝撃を受ける人がいるなんて、知らなかった。
たったこれだけ。こんな、些細なことで。
泣いてしまうほど喜ぶような生き方を、わたしは知らない。

気が付いたら、わたしは衝動のままに二人を抱き寄せていた。びくりと二人して体を強張らせたのがわかるけれど、ごめんなさい。腕を話すことはできなかった。
同情なのかもしれない。わからない。ただ、もう泣いてほしくなくて、こんな当たり前の感謝を特別なものにしたくなくて。ぽんぽんとあやすように二人の背を優しく叩いて、ぎゅっと抱き締める。
ただ。助けてくれたミトスくんとマーテルさんの支えになりたいと、わたしはそれだけを思っていた。
こんなにいい人たちが、こんな里のはずれなんかじゃなくて、もっと堂々と生きてくれるような場所を作ってあげたいなんて、バカみたいに思ってた。

「わたし、どうしてこんな場所に来てしまったんだろうって、思ってたけど……なんとなく。なんとなく、そうだといいなって、だけだけど……二人と出会うためだったのかな、なんて思ったよ」
「そうだったら……素敵だわ……」

わたしにできることなんてほとんどなかったとしても。そう、嬉しそうに囁いたマーテルさんとミトスくんを守りたいと。守れる人になりたいと思った。
きっと、今まで生きてきた中で一番強い気持ちで。自分の意志で、心からそうありたいと願って。
ただただ、彼らを強く抱き締めた。