20-1

「あ、ノイシュ」

イセリアの入り口まで来たところで、門番さんと対峙しているノイシュの姿が見えた。彼は大きいので、遠くからでもよくわかる。どうやら、門番さんの制止を振り切って、中に入ろうとしているようだ。
珍しい。ノイシュはとっても温厚で、気弱で、物分かりもいい賢い子なのに。門番さんはわたしに気付いて、助けを求めるように情けない声をあげた。

「あ、ナギサさん! ちょっとこいつどうにかしてくれよ!」
「ノイシュ、どうしたの」

ぽんとわき腹を撫でると、キュウンと頼りない声を出す。そわそわ、そわそわ。耳や尻尾を動かして、中に入りたそうに体を揺らす様子は、やっぱりいつもと違う。
誰か会いたい人がいるとか? ああ、もしかして、ロイドのことが心配でたまらないとか、そういうことだろうか。彼が無茶をしがちなことは、ノイシュもよくわかっているはずだし。わたしと同じで、心配になってしまったのかもしれない。

「ナギサ! ノイシュ!」

なだめるようにわき腹を撫でていると、聞こえてきた声にぱた、と耳を揺らす。
ロイドとジーニアスが走ってくるのを見てノイシュもちらちらと村に入りたそうにする仕草を止めた。やっぱり、ロイドのことが心配だったのだろう。

「ロイド! お前、このへんなデッカいの村に入れるなって言ってるだろ!」
「ロイド、またノイシュに乗せて来て貰ってたの?」
「ノイシュは犬だ! またいじめたな!」
「ああ……いやスマン。どうも犬に見えなくてな……」

同感だ。初めて会ったときに自信満々に犬だと言われたけど、わたしの知ってる犬と違う。一緒に暮らしていても、やっぱりちょっと、犬とは違うでしょ、と思っている。
うんうん、とうなずいていると、ノイシュの影に隠れてしまってわたしが見えなかったのだろう。ようやくわたしと視線を合わせたジーニアスが、あれ、と首を傾げた。

「……あれ、ナギサもいる……ロイドったらナギサがいないと村に来れないの?」
「ちげえよ!」
「こんにちはジーニアス。ほら、さっき神託があったでしょ? だから様子を見に来たんだ。たぶん、ノイシュも心配してたんだと思う」
「ああ、なるほど」

心配かけて悪かったな、とノイシュの頭を撫でるロイドは、ちょっと気まずそうに目をそらす。ああ、これは想像通り、コレットについて聖堂に入ったんだろうな。別に怪我とかしていないなら、叱るつもりもないけど。
珍しく一緒にいないコレットは、やっぱり神託を受けたということで、明日には世界再生の旅に出発しないといけないとのことで、その準備に忙しいらしい。
一応、彼女のプレゼントを持ってきていたのだけれど、今日はもう無理そうだな。夜にロイドに会いに来るとのことなので、その時か明日の出発の時に渡すしかないか、とポケットに入れていたそれを布越しに指先でそっと撫でた。

「そうだ、聞いてくれよナギサ! 今日神託があったんだ! それでさ、俺もついて行ったんだけど……」
「あ、やっぱりついていったのね……怪我もなければ成功したみたいだし、構わないんだけどさ」

怪我はしないでねと言えば、そこまで弱くねーよ! と息巻く。
思ったよりムキになって言葉を返してきたあたり、もしかしたら、聖堂の中で力不足を痛感することがあったのかもしれない。それでもわたしより強いし、我流でも剣を扱うの上手だと思うのだけど。
何かあったのかとジーニアスに目で問えば、彼はちょっと困ったように笑った。

「今日、クラトスさんっていう旅の傭兵が助けてくれたんだ。ロイド、ちょっと対抗心を燃やして拗ねてるんだよ」
「拗ねてねーよ! ……いや、まあ、確かに、俺とあいつじゃちょっと……いや、だいぶ、実力差あったけど……」

しおしおと萎れていくロイドに、ほらね、とジーニアスが肩をすくめる。どうやら思った以上に、そのコレットたちを守った旅の傭兵さんとやらを気にしているようだ。
実際、それを職業としている人と比べてロイドの方が未熟なのは当然なのだけれど、まだそのことを素直に受け止めることができないのだろう。でも、きっとそれが成長の糧になるよ、と思いながら、わたしはうなだれているロイドの頭をぽんぽんと撫でた。

「ま、みんな無事ならそれでいいよ。帰ろっか」
「あ、そうだロイド、ナギサさん。あんたら人間牧場に入って遊んでたりしてないだろうな?」

帰ろうと歩き出したところで、そうだった、と門番さんが問いかけてくる。
ここで言うところの人間牧場は、イセリア北西の森の途中にある牧場だ。ディザイアンがマナを大量消費し、人間を大量に連れてきては過酷な労働を強いているという場所。
名前からして不穏なそこに近付こうなんて勇気はないし、ダイクさんからもきつく言われているので外観を見たことすらない。ロイドだって、好奇心は旺盛だけれど、ルールや言いつけはなんだかんだきちんと守る子だ。
不可侵条約があること、「そこに入ってはいけない」という約束を守るから、この村は平和に過ごすことができていること、それを破ることは村の人たちに迷惑をかけることだとちゃんと理解しているから、普段から近寄らないようにしている。

「牧場に? そんなことするかよ! なぁジーニアス」
「もっもちろん!」
「そうですよ。不可侵条約がありますし、わざわざ危険なことしません」
「ならいいが……ナギサさんは知らないと思うが、今日村にディザイアンが来たんだ。何もせず素通りだったが、聖堂では神子さまを襲って来たからな。ディザイアンには用心しとけよ」
「ディザイアンが……?」

不可侵条約があるのにどうして。いや、不可侵条約があるから、村は素通りしたのか。
実際に見ていないからよくわからないが、やはり今日は神託の日というだけあって、いろんなことがあったようだ。

「も……もう行こうよ二人とも」
「ん。ああ、そうだな」
「それじゃあ、お仕事頑張ってください」

どこか気まずそうなジーニアスに背中を押されて、わたしたちは北西の森に入る。
……ノイシュは、入った瞬間にどこかへ逃げ出してしまったのだけど。危機管理ができているということで、まあ。わたしたちはいつも通り、世界再生の旅が始まるなんて知らないくらい、日常の中にいた。