20-2

「ディザイアンか……ディザイアンてさ、ハーフエルフなんだろ? 何であんなことするんだろうな」
「さぁ……ボクもわかんないや」
「ま、お前や先生はエルフだしあんま関係ねーか」
「案外、ディザイアンの中にも良い人とかいそうなんだけどね」

北西の森を歩きながらそんなことを話す。
やはりというか、なんというか。彼らは村を横断したというディザイアンと、聖堂で真っ向から戦ったらしい。危ないことをしないでほしいのだが、まあ、今回に限ってはコレットを守るためでもあるので、むしろ彼女を守ってえらかったねとか、逃げずに頑張ったね、と褒めるところだ。さすがに勝つことはできなくて、ピンチだったところを、件の傭兵さんに助けてもらった、という流れらしいけれど。
そんな話をしていれば、当然、ディザイアンに話題が集中する。女神マーテルと勇者ミトスの話にも出てくる、悪いハーフエルフの集団。……彼らの存在は、いいのか、悪いのか。かつては迫害の対象だったハーフエルフを、畏怖の象徴にした、謎の集団。

ミトスくんとマーテルさんの話は事あるごとにしているけれど、二人がハーフエルフだったことは、まだ話していない。彼らを、この世界を荒らしているというディザイアンと一緒にしてほしくない、という気持ちが少なからずあった。
だって、二人は、種族に関係なくみんなが同じように生きられる世界を目指していたから。人々を虐げる側になった彼らとは、違うから。
迫害と畏怖。どちらの方がマシなのだろう。理不尽に嫌われないという意味では、後者の方が、当事者的にはいいのだろうか。……どちらであっても、まだまだ世界は二人と夢見たものとはずいぶんと遠くて、なんとなく、とっくに怪我の癒えた背中が痛んだ気がした。

「ボクここに用があるんだ」
「ここって……人間牧場じゃないか!」

こっちに用事がある、と言っていたジーニアスが立ち止まったのは、家と牧場の分かれ道だった。
わざわざここで立ち止まると言うことは、当然、目的地は牧場になる。てっきり内緒で犬でも飼っているのかと、と驚くロイドのよそに、ジーニアスはぎゅ、と小さな袋を手に握りしめた。

「ここに来ると不可侵条約に反するんじゃないのか?」
「ディザイアンだって聖堂に攻めてきたじゃない」
「そうらしいけど……」
「……悪いことだってわかってるよ。でもどうしても神託があったことを伝えたい人がいるんだ」

抱きしめるように持つそれは、たぶん、ジーニアスの得意なクッキーだと思う。前にロイドから、ジーニアスが隠れて給食を持ち帰ったり、俺にくれないお菓子があるから、内緒で犬でも飼っているのかもしれないと言っていたし、きっとそうだ。
それだけ何度も彼はここに来ていたということで、止めたって、言うことは聞かないというのも、その背中からわかってしまって。
どうしたものかと、ため息をつく。
ジーニアスはもちろん、ロイドを人間牧場に近付けたくない。近付けるな、と言い聞かされている。でも、この状況。ロイドが放っておくわけがない。

「……わかった。じゃあ俺も付き合う」
「えっ」
「お前一人じゃ心配だからな!」
「ロイド……ありがとう!」
「……わたし、ロイドをここに近付けさせるなってきつく言われてるんだけど」

正確には、ロイドのエクスフィアをディザイアンに見られないように、不必要に近付かせるなと言われている。まあ、意味は同じだ。不可侵条約を破るなんてもってのほか。
だから、わたしはここで、なんとしてでも二人を止めないといけないわけだけれど。冷静に考えて、そんなことはできるわけがない。ロイドと力比べをすれば負けてしまうに決まっているし、どちらにせよジーニアスは牧場へと行ってしまうだろう。
不可侵条約を破っている自覚のある彼を説き伏せるのは難しい。そして、友達を一人で危ないところに向かわせるなんてこと、ロイドは絶対に選ばない。

であれば。これはむしろ、一緒に行った方が安心だ。
勝手な行動をされるよりは、一緒に行って、何かあればすぐに逃げられるように手を引いた方が、ずっと気持ちも楽だ。
……武器は、ちゃんと持ってる。あの帯を、わたしは常に身に着けている。だから、何かあっても、戦える。
一応、形式的に重くため息を吐いてから、わたしは仕方ないなあと歩き出した。

「わたしは止めたからね。止めたけど、言うこと聞かないし心配だから、仕方なく見ないふりをして付いていくんだからね」
「おう! ありがとな!」
「まったく……ほら、行こう」

能天気に笑うロイドに脱力してから、慎重に牧場横の小さな隙間を通る。草影に隠れる形になるそこから牧場の中を覗き見て、わたしはすぐについて来たことを後悔した。

人間牧場。物騒過ぎるその名前の場所で、何が行われているのか。一回も想像しなかったわけじゃない。でも、実際にはどんなところか上手に想像することなんてできなくて、ただぼんやり、何か労働をしているのだろうなあ、ということしか、わたしには想像できていなかった。
そして、目の前。確かに、そこでは人間が働いていた。
老若男女関係なく、ぼろぼろの布切れを身に付け、足を太い鎖で繋がれて。少しでも動きが遅くなれば、その瞬間に鞭が飛んでくるようなそこで、全員が全員、絶望しきったような暗い表情をして、そこにいた。
怖い。反射的にそう思った。
恐ろしい。逃げ出したい。
聞こえる怒声や鞭の音に思わず耳を塞ぐ。歯向かうこともできずにうずくまる人の影に、思わず自分の胸元を握り締めて、ぎゅうっと目を閉じる。
嫌だ。見たくない。

でも、ここで立ち止まっているわけにはいかない。ロイドがぐっと腕を掴んで、こっちだ、と小声でつぶやいてジーニアスの後ろを追う。なんとか開いた視線の先で、彼も険しい顔をしていた。
そんな恐ろしいところを横目に、ジーニアスはきょろきょろと辺りを伺うと、やがてぱっと表情を明るくさせる。その視線の先。ちょうど、柵の近くにいるのは一人のお婆さんだった。
彼女は駆け寄ってきたジーニアスに気付くと、皺だらけの顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。

「マーブルさん!」
「ジーニアス! そちらはお友達?」
「うん。ロイドとナギサだよ」

小声でやり取りをして、はい、と持ってきた包みを渡す。それをマーブルさんは素早く服の下に隠すと、いつもありがとう、と申し訳なさそうにほほ笑んだ。
彼女が、ジーニアスの会いたかった人なのだろう。いったいどういう経緯で知り合ったのかわからないが、朗らかにほほ笑んでみせる彼女に、わたしは少しだけ力が抜けた。
けれど、その彼女の腕。服の下からちらちらと見える肌に、青くなった痕が見えて、またうつむく。こんな、おばあさんにまで、そんな、傷があるなんて。

……人の怪我を見るのは、嫌だ。痛そうで、怖い。
四千年前、最後に見たあの町の戦闘を主出して、背筋が寒くなる。
情けないことに怯えてしまって口を開けず、軽く会釈するしかできないが、彼女は察してくれたのだろう。マーブルさんは優しく笑って、わたしに見えないように肌を隠して。わたしを見ながら「優しい子なのね」と朗らかに言う。苦しいのは、わたしではなく彼女の方なのに。それが申し訳なくて、泣きそうだった。

「マーブルさん見た!? 神託があったんだよ!」
「ええ。救いの塔が見えたわ。これでようやく神子さまの再生の旅が始まるのね。今度こそ成功してほしいわ」
「前の神子は失敗したんでしたっけ」
「ええ。途中でディザイアンに殺されたと聞いているわ」
「コレットは大丈夫かな……」
「マーテルさまに祈りましょう。神子さまを導いてくださるよう……」

ジーニアスの言葉を聞いて、そっと両手を組んだマーブルさんの右手の甲で何かが光る。
それは小さな宝石のようだった。どうやら手の甲に埋まっているらしいそれに、なんとなく見覚えがあるように感じて首を傾げると、ロイドがあれ、小さく声を零した。