「ん? ばーちゃん」
「マーブルさん、だろ!」
「……マーブルさん。それ、エクスフィアじゃないか?」
「そういう名前なの? ここに来てすぐに埋め込まれたんだけど……」
マーブルさんがひょいと右手を持ち上げてそれを見せる。
鈍く光を反射する、一見宝石にも見えるような小さな石ころ。埋め込まれた、の言葉通り、半分以上は皮膚の下に埋まっていて、なんだか痛そうだ。
でも、なんだか見覚えがある気がする。色は、違うけれど。こういう、宝石のような石ころを、どこかで見たような。
「うん、やっぱりエクスフィアだ。これは装備者の能力を最大まで引き出してくれるアイテムなんだ。ホラ、俺も装備してるんだ」
するりと左手に巻いてある包帯を解いて、ロイドが自分の左手の甲に付けていた宝石を見せる。
……牧場に近付くなというのは、ディザイアンと関わるなという意味で。ディザイアンと関わるなというのは、彼のお母さんの遺品でもあるそのエクスフィアを相手に見られた時に何が起きるかわからないから、ということだと思うのだけれど。
アンナさんが死んだのはディザイアンに襲われたからだと言うことを知らない彼は、当然その理由も知らない。なのであっさり、彼はエクスフィアを見やすいように示した。
「……っと、でもばーちゃんのは要の紋が着いてないな。要の紋がないエクスフィアは体に毒なんだぞ」
「要の紋ってなに? 毒って?」
「エクスフィアは肌に直接つけると病気になるらしいんだ。それなのに肌に直接つけないと意味がない。だから毒が出ないように制御するまじないを、特別な鉱石に刻み込んで土台にするんだ。それが要の紋だよ」
「詳しいのねぇ」
「……けど、マーブルさんのはその土台自体ないみたい」
ロイドのそれと比べれば、よくわかる。
彼は宝石を埋め込んだ土台があるのに、マーブルさんのものはエクスフィア以外のものが何もない。
「そうみたいだな。まじないを彫るだけなら俺でも出来るんだけど。土台になる抑制鉱石がなけりゃどうにもできねぇ」
「そんな……ロイドなんとかしてよ!」
「簡単に言うけどなー、要の紋ってのはドワーフの特殊技術なんだぞ」
「ロイドのお養父さんドワーフじゃない! ダイクおじさんにたのんでよ!」
「……わかったよ。しょーがねーなー、親父に頼んでおくよ」
「ありがとうロイド! だからロイドって好きだよ!」
「調子いーなーお前……」
「ありがとう。でも無理はしないでね」
あ、これダイクさんに牧場行ったことがバレて怒られる流れだ。
そう思ったが、だからと言って目の前で困っているマーブルさんを放っておくわけにもいかないので黙っておいた。
「そこのババァ! 何をしている!」
突然、怒声が聞こえてびくりと肩が震える。
だがそれ以上にマーブルさんは真っ青になって、小声で素早く耳打ちした。
「いけない! ディザイアンがくるわ。三人とも早くお逃げなさい!」
このままじゃ村にも迷惑がかかるわ、と言うマーブルさんの言葉に、食い下がるロイドを引きずって近くの草むらに隠れる。
下手に逃げて見つからないように、三人、息を殺して様子を窺っていると、数人のディザイアンがマーブルさんを囲んで奥へと消えていった。
「まずいぞ! ばーちゃんが奥に連れて行かれちまった!」
慌てて飛び出したロイドが辺りを伺う。
そしてジーニアスの腕を掴むとわたしを置いて走り出した。
「ナギサ悪い! 待っててくれ! ジーニアスはこっちだ!」
「あ、ちょっと!」
追いかけたいが、ロイドの足は早くてわたしじゃ追い付けず、その背中があっという間に遠くなる。だからといって大声で呼び止めようとすれば、その声をディザイアンに聞かれてしまうかもしれない。そう思うと騒ぐことも出来ず、結局、走り去っていった方向に向かって、おそるおそる歩き出すしかなかった。
門のところに二人がいるのを見て近付けば、ちょうどジーニアスが中に向かって魔法を放ったところだった。門の上をロイドが駆け抜けるのが見える。たぶん、中のマーブルさんから意識をそらして、彼女への被害を防ごうとしているのだ。
こうして誰彼手を差し伸べるあたりはミトスくんそっくりだが、彼はここまで無鉄砲ではなかった……と思いたい。
「うわああっ! 誰だ!」
「あいつだ! 捕まえろ!」
「もう……仕方ない子たちだなあ」
ジーニアスと合流し、今の内に逃げようと用心深く歩き出す。ロイドも囮になるつもりなのだろう。わたしたちとは正反対の方向に向かって走っている。
だが、不運とは重なるものだ。
途中でジーニアスが足をもつれさせて、派手に音を転んでしまったのである。慌てて抱き起こすがもう遅い。ディザイアンにも今の音が聞こえたようで、こちらに足音が近付いてくるのがわかった。
「や、やば……」
「こっちだ!」
ザッと土埃を上げて立ちふさがったロイドが勢い良く斬りつける。
今の打ちだと、わたしはジーニアスの腕を引っ張って急いで坂道を駆け降りた。
「こ、ここまで来れば……」
「どうしよう、ナギサ。ロイドが……!」
「監視カメラとかないと思うし……ロイドなら大丈夫だとは思うけど」
なんとか森の入り口まで逃げた頃には、ジーニアスはほとんど泣きそうになっていた。
泣きださないようにと頭を撫でて手を握ってやりながら、大丈夫だと何度も背中を撫でる。この世界に科学知識はほとんど広まっていないから、大丈夫だとは思うのだが……それでも不安だ。
やがてロイドが崖を飛び降りてきたのを見て、ジーニアスがすぐに駆け寄った。
「ロイド! 顔、見られたよね。ごめん、ボクのせいだ」
「何言ってんだよ。大丈夫だよ。顔見た連中はやっつけちまったし、追っ手は崖の上だし……なに、また宿題をかわりにやってくれればいいさ」
「ロイドったら……マーブルさんを助けてくれて、ありがとう」
「バーカ。いいんだよ」
今日はそのままそれぞれ家に帰ることにして、わたしたちはジーニアスと別れる。
その背中が見えなくなるまで、なんてことないように笑ってみせていたロイドの頭を軽く小突いてから、頑張ったね、とそのまま頭を撫でる。どうせこの後ダイクさんに怒られるのだ。それでも、誰かを助けようとしたことは後悔しないでほしいので、照れくさそうにするロイドを、とりあえず今は髪の毛がくしゃくしゃになるくらい撫でまわしておいた。