「ただいまー」
「ただいま。なあ親父、要の紋作ってくれないか」
家に着くなり、ロイドは早速マーブルさんのための頼み事を口にする。
行動が早いのはいいけど、ついさっきまで危ない状態だったこととか、言いつけを破ったこととか、いろいろ忘れているんじゃないだろうか。
思わず頭を抱えてしまったけれど、ダイクさんは作業台でお仕事中なので、わたしのそんなリアクションには気付かない。
「当然どうしたんでぇ」
「今日知り合った人が、要の紋なしのエクスフィアをつけてたからさ。要の紋なしのエクスフィアは体に毒なんだろ。それともまさか、いったん要の紋なしのエクスフィアを装備したら、もう手遅れなのか?」
「そんなこたぁねぇ。ただ要の紋がないエクスフィアは取り外すだけでも危険だ。だから抑制鉱石でアクセサリーを作って、それにまじないを刻むことで要の紋にするしかねぇなぁ」
二人分のお茶を淹れながら会話に耳を立てる。
専門的な話はまだ理解できない。エルフたちの魔術知識と知恵ならまだわかることも多いのだけど、ドワーフに会うのは初めてというのもあり、まじないとか鉱石とか、いまいちピンとこない。
とりあえず、本当ならエクスフィアを最初に装備する時に一緒に準備しないといけない要の紋は、アクセサリーという形にすれば後付け可能、とのことらしい。
「ふーん。それで大丈夫なんだ。じゃあ、腕輪でいいや。すぐ作ってくれよ」
「ちょっと待て。その要の紋なしのエクスフィアってのは、どこの誰が身につけてるンでぇ?」
「……え? あー、えっと、旅の人だよ。旅の傭兵」
「そんな訳ねぇだろう。エクスフィアってのは基本的にディザイアンどもしか使ってねぇんだ。奴らから奪ったなら要の紋がついてるはずだ。ドワーフの誓い第11番。嘘つきは泥棒の始まりでぇ!」
素直に言え! と詰め寄られて言い逃れ出来るロイドではない。
もともと素直な子なのだ。二人にお茶を置いてから、わたしも白状するロイドと一緒に頭を下げた。
「……今日牧場で知り合った人が、要の紋なしのエクスフィアをつけてたからさ」
「牧場に行ったのか」
「わ、悪かったよ。ちょっと色々あってさ……」
「止めきれなかったわたしの責任でもあります。ごめんなさい。でも、エクスフィアは見られてないと思います」
「ああ、大丈夫だよ。でもどうしてそんなにこいつのことを隠すんだ? 今日村に来た傭兵なんか、堂々と装備してたぜ?」
村に来た傭兵とは、牧場に行く前にちらりと聞いた、クラトスさんという男の人のことだろう。とても強くてロイドってば対抗心燃やしちゃってさ、とジーニアスが楽しそうに話していたのを覚えている。その人もエクスフィアを着けていたらしい。
イセリアではロイドの他にエクスフィアを装備している人はないので、今までは気にならなかったのだけれど。実際に装備して、堂々としている人を見たら、どうして自分だけ、と思うのは当然のことだ。
ダイクさんは深く息を吐いて、それから覚悟したように目を閉じた。
「……お前のエクスフィアは特別なんだ」
「特別? ディザイアンが装備してるのとは違うのか?」
「……そのエクスフィアは、お前の母親の形見だ。ディザイアンはそいつを奪うためにお前の母親を殺したんだ」
お母様が死んだ時のことにてついては、わたしも簡単に聞いた。だからなるべくディザイアンに近づけるな、と言い聞かされていたのだ。
でもエクスフィアを奪おうとして、というのは初めて聞いた。ディザイアンに殺されたということしか知らなかった。でもそれは当然だと思う。だって、詳しいことを最初に聞くのは、無関係のわたしではなく、息子であるロイドであるべきだから、
今までずっと、母親は事故で死んだのだと思っていたロイドは呆然とした様子で自分の養父の話を聞いている。
「……本当……なのか」
「牧場近くの崖でお前を拾ったときの話はしたな? その時、まだ母親には意識があった。そこで聞いた。間違いあるめぇ」
「何でそれを今まで黙ってたんだよ!」
「言えばお前はディザイアンに突っ込んで行っただろう? 昼間、救いの塔が出現した。後はコレット嬢ちゃんに任せておけ。そうすればディザイアンも滅びる」
ロイドも、それはわかっているのだろう。それこそが世界再生の神子の役割だということを、きっと本人から何度も聞いていただろうし。
でも、だからといってそうか、じゃあ後はよろしく、なんて言える子でもない。コレットに全部押し付けることも、母親の仇が存在することも、全部無視できない。だから苦しそうに顔をしかめて、何かに耐えるように歯を食いしばっている。
「……だけどよ」
「お前はディザイアンに関わるな。母親が命をかけて守ったエクスフィアとお前自身を大切にするんだ」
「……で、要の紋は作ってくれるのか?」
「ロイド! お前話を聞いてなかったのか!」
「聞いてたよ! 聞いたらなおさらほっとけねーよ!」
ダイクおじさんの拳がロイドの頬を強く打った。
あっさりと扉まで殴り飛ばされたロイドに思わず悲鳴をこぼすが、彼は怯むことなく怒鳴り返した。
「殴ることねーだろ!」
立ち上がって、バタンと強く扉を閉めて出て行く。
その向こうで誰かと話す声が聞こえるから、たぶん、後でよるね、と言っていたコレットがちょうど来たのだろう。
閉まったまま開かない扉を見て、ダイクさんは深く息を吐きながらもう一度作業台に座った。
「ダイクさん……」
「ったく……あいつも仕方ねえヤツだ」
彼は用意しておいたお茶を一気に飲み干すけれど、視線はいつまでも扉に向けられたままだ。心配そうなそれに、やっぱり何としても止めるべきだったなと後悔する。
いつかロイドも知らなければならないことだったとしても……もっと、穏便に話ができたかもしれないと、もしものことを考えて、わたしはまた頭を下げた。
「ごめんなさい」
「いいさ。ナギサが止めたとしても、アイツならいずれ突っ込んで行っただろうしよ」
「でも……」
「それよりナギサ。どうせアイツ、明日コレット嬢ちゃんについて行っちまうだろうからよ。ちょいと一緒に行って、面倒見てやってくれないか」
「え?」
「アイツも嬢ちゃんも、あんたを姉のように慕ってる。ロイドを信じてないわけじゃねえが……なんだ。やっぱり、心配だからよ」
そう言うダイクさんの横顔は、やっぱり息子を心配してやまない「お父さん」のそれだ。
お互いを大事に思いあう、本当に素敵な人たちなのだ。あの日、時間を越えてしまった日。わたしを助けてくれたのがこの人たちでよかった、と、わたしはそっと微笑んだ。