21-2

わたしも外に出た時、ちょうどロイドとコレットがベランダに上がるところだった。
コレットと話したかったけど、ロイドとの話が終わってからの方がいいだろう。それまでの間を使ってノイシュに餌をやりに行くと、なんだか落ち着きのないノイシュをジーニアスとリフィルさんが宥めてくれているところだった。

「ノイシュ、どうしたの?」
「あ、ナギサ。その、なんだか誰かに会いたがってるみたいで……」
「ふーん……? 会いたいのはいいけど、もう夜だから、明日にしようね」
「ナギサ。今日は、弟が迷惑をかけてしまったと聞いたわ」

ごめんなさい、と謝るリフィルさんに続いて、ジーニアスも頭を下げる。
どうやら、わたしとロイドを誘って遊んだ森の中で危ない目にあった……と、説明したらしい。森の中にもモンスターがいて危ないからと普段から言っているのに、とため息を吐くリフィルさんをちらちらと見ながら、彼はわたしを見上げている。
さすがに、牧場の中に入ったとは言えなかったのだろう。何も言わない、ということはしなかったみたいだけれど、詳しくは説明できなかったようだ。そして、それを今、わたしに言われても困ると思っているらしい。そのせいでロイドも、とうつむく彼に、わたしはゆっくりと首を横に振った。

「確かに悪いことだったけど、あそこにいる人を心配するのは本当に悪いことなんかじゃないし。みんな怪我もなかったので、わたしは大丈夫です。ロイドのことも、どうせ近々話すつもりだったみたいだし。わたしのことも気にしないで」
「……ナギサって、なんでもあっさり受け止めちゃうよね。ちょっと、憧れるな」
「ええ? ただ何にも考えてないだけだよ?」

事なかれ主義で何も考えてないくせに悲観はする、どこにでもいる面倒くさい人間だ。だから憧れるようなことはないよと苦笑するけれど、何でもない顔をできるだけでもすごいのだと、彼は言った。
うつむいてしまった彼の表情はよく見えない。ただ、明日本当にロイドがコレットについて旅に出てしまったら、彼は一人になってしまうのかな、と考えた。
しかも話を聞いていると、リフィルさんもコレットと共に旅に出るらしい。それなら、ジーニアスはやはり、ひとりぼっちになってしまうのだろうか。

「リフィル先生も、旅に出るんですか」
「ええ。ついて行くことになったわ」
「ジーニアスも一緒に?」
「いいえ。この子は置いて行くわ。ファイドラさんたちに世話も頼んであるから、あなたも仲良くしてあげてちょうだい」

ファイドラさんはコレットのおばあさんだ。あの一家はみんな穏やかで優しい人だから、きっと大事に面倒を見てくれるだろう。
実はあなたたちについて行くつもり満々ですとは言い難くて、とりあえず笑顔を返しておく。これ、一緒に行くならちゃんと行くって、きちんと伝えないといけないな。ロイドに選択権があるから、わたしからは何も言えないけど……明日、行く前にちゃんと話すようにと言っておこう。
それからふっと、アンナさん……ロイドの母親の墓の前に、誰かがいるのが目に入った。どうやら男性らしいが、見覚えのない人だ。

「ええと……彼は……」
「ああ、クラトスね。傭兵としてコレットの護衛になったのよ」
「ロイドが気にしてた人だよ」

なるほど、あれが噂のクラトスさんか。
わたしは二人に挨拶をすると、そっと彼に近付いて、恐る恐る声をかけた。

「あの、ええと……クラトスさん」

振り返った彼は、たぶん二十代後半くらいだと思う。わたしと同じか、もう少し年上、くらいだろうか。なんとなく、誰かに似ているような気がするけれど、ううん、誰だっただろう。

「コレットと先生のこと、よろしくお願いします」
「……言われなくとも、それが仕事だ」

深々と頭を下げてそう頼めば、クラトスさんは簡潔に答える。
ロイドが言った通りの仏頂面で、ジーニアスが言った通りの無口な男性。その印象そのままの返答だった。
それでも、例え明日本当に旅について行けたとしても、二人を守る主力はきっとこの人だ。わたしはあまり戦力にならないと思うし、ロイドの評価が正しいなら、とても腕のたつ人らしいし。ロイドが仮に彼から剣術を指南してもらったとしても、何が起きるかわからない。
なので苦笑しつつもお願いしますねともう一度言えば、彼はちらりと墓に視線をやって、再びわたしに視線を戻した。

「お前はロイドの姉か?」
「あ、いえ。半年ほど前にロイドたちに拾われただけの者です。血縁者ではありませんよ」
「そうか。ではロイドは……やはり、アンナ……」
「え?」
「……いや、なんでもない」

そのまま黙り込んでしまった彼にそれ以上かける言葉など思いつかず、ただただ無言になる。
会話がない。どうしよう。このまま去ってもいいのかな。

「ナギサ」
「コレット」

柔らかい声に呼ばれ振り返れば、どうやらロイドとの会話を終えたらしいコレットがそこにいた。よかった、助かった。タイミングよく声をかけてくれた彼女へと駆け寄る。
にっこりと微笑んでいるコレットに、わたしは懐からそれを取り出して渡した。

「今日会えてよかった。はい、これ。誕生日おめでとう」
「え……わあ、可愛い!」

今日は神託の日。そしてコレットの十六歳の誕生日だ。
わたしが用意したプレゼントは、少し前から縫って作った、小さなお守り袋。素人が作ったので大したものではないけど、彼女が好きだと言った花を参考にした刺繍……みたいな、ちょっと変なマークみたいなものを縫って、中にキラキラとした小さな砂粒を入れて作ったお守り、である。
渡してみると、ちょっと、かなり恥ずかしい。でも無事に渡せてよかった。今日中に渡すことができるか、ちょっと不安だったから。

「旅に出ることは聞いていたから、お守りにって思って作ったんだけど……ごめんね、わたし不器用で……」
「ううん、そんなことないよ。本当に嬉しい。ありがとう」

ぎゅうっとお守り袋を抱きしめるように握りしめたコレットは、涙ぐんでいるようにも見えた。
そんなに喜んでくれるなら、もっと縫い物を練習すればよかったかもしれない。世界再生が終わったら、今度は世界再生の旅の完遂おめでとう、ということで、もっと素敵なものを贈ろうと、こっそり心に決めた。

「行ってらっしゃい」
「うん、行ってくるね。……出発の時間は、ロイドに伝えてあるから」
「わかった。絶対に行くよ」
「うん……さよなら」

そう、ふわりと笑ったコレットの「さよなら」の意味を、この時のわたしは欠片だって知らなかった。
知らなかったことを後悔することは、たくさんある。ううん、わたしはこれまでも、いつだって後悔してばかりだった。後悔して、後悔しながら、不安になりながら、それでもここまで生きてしまった。
それでもまだわたしは生きていて、未来はまだまだ続いていく。だから、またわたしは後悔する。彼女の言葉の意味を、理解できなかったことを。
これからも、たくさん。後悔する。