朝、ゆっくりと身支度を整えていく。
昨晩のうちに用意した大きなリュック。旅に必要な地図、道具、武器、食料、野宿用の簡易寝具やその他諸々を詰め込んで、忘れ物がないかをよく確認する。ヘイムダールを出る時、わたしに準備の時間なんてなかったし、二人はいつでも出ていけるようにと荷物がまとまっていた。その後の旅はひとところに留まることはそんなになかったから、こうして旅の準備をするのは不思議な感じだ。
持ち物を確認してから、最後の仕上げとばかりに、あの帯を腰に巻く。ミトスくんに貰った大切なもの。マーテルさんたちとの思い出が詰まったもの。ちゃんとみんなが回収してくれたもの。ダイクさんがこれにあわせて作ってくれた服に腕を通しながら、後ろでリボン結びにする。
相変わらず帯の結び方じゃない。でも、最初にミトスくんがしてくれた結び方だから、ずっとこれ。これがいい。帯も別にこのせいでくしゃくしゃになることはないし、ずっとこのまま。
そうしてひとつ、気合いを入れて、部屋を出る。あらかじめ言われていた通り、一階の机に置いてある、わたしのものではない荷物を持って、家の外へと出た。
「親父。俺、旅に出る。コレットたちと一緒に世界を再生して、母さんの仇をとる」
「そうだな。そう言うと思ったわい」
声がするのは、アンナさんの墓の方からだ。ロイドがダイクさんに、旅に出ると話しているところらしい。
ちょうどよかった。わたしはダイクさんの隣まで近付くと、まっすぐにお父さんを見るロイドの目をじっと観察した。まっすぐな目。相変わらず綺麗なそれに宿る決意は、とても固い。
「ナギサ」
「はい」
「こいつを持っていけ。旅に必要なものを纏めておいた」
ダイクさんに言われるまま、机の上から持ってきた荷物をロイドに渡す。
不思議そうに荷物を開ければ、その中には旅に役立つ道具が詰まっているから、ロイドもこの荷物の意味をわかったのだろう。極めつけにはダイクさんお手製の剣が入っているのを確認して、彼はぱっと顔を上げた。
「じゃあ、許してくれるのか」
「……ああ。でも、ここはおめぇの家だ。血が繋がってなくても、おめぇは俺の子供だ。疲れたら、いつでも帰ってこいよ」
にかっと笑うダイクさんに、ロイドは泣きそうに顔を歪ませながらもぐっとこらえる。
そして荷物から剣を取り出すと大事そうに腰にぶら下げて、ダイクさんに負けないくらい、眩しい笑顔を浮かべた。
「すげー! 親父の作った剣があれば、どこでも一人じゃないな!」
「そうだろう。力作だ。それに、お前は一人なんかじゃねぇよ」
「え?」
「無茶しないように見張るのも、姉代わりのお仕事……ということで、ね」
わたしだけじゃなくて、コレットもみんなもいるし、なんならノイシュも一緒だよと続ければ、ロイドはまた口元を緩めて、何かを噛み締めるように目を閉じる。
そうして次に目を開いた時には、彼はいつも通り。こちらまで明るくなるような笑顔と声で、強くうなずいた。
「ああ。わかった。行ってくるよ」
「ロイド! ドワーフの誓い、第7番を忘れるなよ!」
「正義と愛は必ず勝つ、だろ! 今時だっせーな!」
「えー。だからこそいい誓いなんだと思うけどなあ」
「でも恥ずかしいの! よし、行くぜナギサ、ノイシュ! 世界再生の始まりだ!」
ロイドの声に合わせてノイシュとジーニアスが走ってくる。
……いや、ジーニアスは、呼んだってこないはず、なんだけど。
「二人とも! まだこんなところにいたの!」
「ジーニアス! ちょうどいいや。マーブルばーちゃんの要の紋、作ってもらったぜ!」
ロイドにかっと笑ってジーニアスに腕輪を見せる。
昨日の夜にダイクおじさんが作っていたやつだ。わたしが来る前に渡していたらしい。
ジーニアスはそれを見て一瞬嬉しそうに笑ったけれど、だが慌てて表情を引き締めて、それどころじゃないよ、と首を振った。
「そ、それは嬉しいけど……コレットの見送りはどうしたのさ!」
「ああ、それなんだけどよ。俺もナギサも旅について行こうと思ってよ」
「ば、バッカじゃないの! コレットたちなら、とっくに出発しちゃったよ!」
ジーニアスの告げた事実に、一瞬反応が遅れる。
おかしい。だってロイドはコレットから、昼頃の出発と聞いたと言っていた。
コレットもロイドに時間を伝えたと言っていたし、そんな大事なことを聞き間違えるような子じゃない。だからわたしも素直に信じていたのに。
だがジーニアスがそんな嘘をつくはずがない。それもわかる。だからこそ、わたしたちは混乱した。
「は?」
「ボク、いつまでも二人が見送りに来ないから迎えにきたんだ」
「そんなバカな!」
「ロイド! 急いで村にいくんだ」
「そうだよ。早く早く!」
ノイシュには申し訳ないけど、慌てるまま三人で彼の背に跨る。そうして、なるべく急いでくれと言うロイドに応えて、彼はイセリアに向かって勢いよく走り出した。