穏やかな気候だったイセリアを離れて、わたしたちは南へ向かって歩く。
歩いて、歩いて。歩くうちに、村を追放されたことに対して、話をして、気持ちに区切りをつけて。自分たちは間違えてしまったからこそ、命を奪ってしまったからこそ、コレットに追いついて彼女が世界の再生を成功できるように守らなければならないと、強く決めた。それが今、わたしたちにできるせいいっぱいのことだと思ったから。
そうしてまた、三人で歩き出す。すぐ向こうに砂漠が見えるくらいまで移動したところで、わたしたちは修道院のような小さな小屋にたどり着いた。
「良かった。救いの小屋だ」
「救いの小屋?」
「知らないの? 二人とも。マーテル教会が旅業や巡礼の人たちに休んでもらうために作ったんだよ。世界中のあちこちにあるんだって」
「へえ。さすが太っ腹だな」
とりあえずここで一度休もうと決めて中に入る。簡易な造りであるし決して涼しくはないけれど、先ほどまで照りつけていた太陽が遮られただけで、だいぶ楽になった気がした。
バケツいっぱいの水を貰って、ジーニアスと一緒にロイドとノイシュが待つ場所まで運ぶ。配給の場所はもちろん、小屋の周りには祭司の他にちらほらと旅人らしき人の姿があって、本当に旅の人がここを利用しているのだなと実感した。
世界が滅びるかもしれないのに、と思うけれど、だからこそこの人たちは旅に出たのだろう。最後の思い出作りなのか、どこかに救いを求めたのか。詳しい事情は知らないけれど、世界や時代が変わっても、人間のやることって変わらない。
わたしたちが水を持って戻ってくると、ノイシュの傍らの石に座っていたロイドは、何か手紙のようなものを読んでいた。
「何読んでたの? どうかした?」
「いや……今、荷物を開けたら手紙が出て来たんだ」
「コレットの?」
「それが、親父の」
そう差し出してきた手紙には、確かにダイクおじさんの字が書かれていた。
ジーニアスがそれを読んでいいかと目で問うと構わないと頷く。
「えーと。“お前を拾って十四年が過ぎた。よちよち歩きだった頃は、俺を怖がって泣いてばかりいたお前が、今では立派な剣士だ……人間じゃない俺を親父と呼んでくれて、本当に感謝してるんだぞ”……いい手紙じゃない。こっそり荷物に入れておいてくれたんだね」
「問題は続きだ」
「そうなの? えー、“いつかお前が一人前の男になったら、俺からのプレゼントがあるからな。そいつを楽しみに、しっかり戦ってこい”……これの何が問題なのさ」
首を傾げるジーニアスを見て、ロイドがにかっと笑う。
ぐいぐいと彼に寄っては肘でつついてくる彼は、どこか浮かれているようだった。
「なあ、なあ、プレゼントってなんだろう。お前、なんだと思う?」
「……なにそれ。おじさんの心のこもった手紙にボク、じーんときちゃったのに。ロイドはそんなこと考えてるの!?」
「怒るなよ。俺だって、こんなに字が汚ねえのに親父が手紙を書いてくれたことには感動したさ」
「ロイドよりずっと綺麗な字だけどね」
「う、うるせー!」
ほぼ毎日二人の文字を見ていた身としては、どちらも豪快な文字で読みにくかったのでどっちもどっちである。ロイドの勉強を見ていた時とか、本当に苦労した……これをいつも見てるセイジ姉弟は本当に凄いなと、改めて彼らを尊敬したくらいだ。
なんだかもう懐かしいなあ、と思いながら、持参していたコップに水をいれて二人に渡す。その流れでノイシュ用の器にも水を注いでやれば、彼は嬉しそうに飲み出した。
「それにしても、暑いねぇ」
「もうトリエットの街の近くだからね。言い伝えによると、この地方のどこかにイフリートに通じている門があるんだってさ」
水を飲みながらジーニアスの説明に耳を傾ける。ああ、お水美味しい。
トリエット地方が砂漠の土地であることは、ロイドに出された地理の宿題を一緒に見ていたから知識としては知っている。さすがに、どんな理由で砂漠になったか、なんてものは知らなかったので、「イフリートに通じている門」というのは初めて聞いたけれど。
地球なら赤道がどうこう気候がどうこう、楽しい地理や歴史のお勉強になるのだが、シルヴァラントにおいては科学よりも魔法や精霊が由来となっていることが多い。イフリートというのも、確か、火の精霊か何かの名前だったと思うので、火のステージといえば砂漠かあ、となんとなく納得しながらお水をおかわりした。
「この辺りが暑いのは、イフリートの影響なんだ。ああ、喉がかわいたねぇ。ボクにもおおかわりちょうだい」
「俺も……っておい。その門っていうのは、ひょっとして」
「うん。コレットたちが目指している封印ってのは、きっとそれのことだよ」
「じゃあ、コレットはこの近くにいるんだな! よーし、さっさと行こうぜ!」
おかわりしたお水をごくごくと一気に飲み干して、ロイドが我先にと歩き出す。
もう救いの小屋に着く前の疲れた様子はどこにもない。確かに休憩はしたけれど、その回復力の速さを眺めながら、ジーニアスはぽんぽんとノイシュを撫でた。
「……単純だよな。お前のご主人って。本能のままというか」
「実際、本能で生きてるんじゃない?」
「かも……」
「クゥーン……」
「ほら、二人とも! 早くコレットに追い付こうぜ! プレゼントがなんなのか早く知りたいからな」
小屋の敷地外から手を振るロイドに準備するからちゃんと待っていなさいと返事を返して、水筒に水を入れる。
そういえばそうだった、と戻ってきてはバケツの片付けを手伝ってくれるロイドの背中を見送れば、ふと、ジーニアスがぽつりと呟いた。
「……本当はロイド、ダイクおじさんの気持ち、よくわかってるんだよね。血が繋がってなくても親がいるなんて羨ましいよ」
血が繋がってなくても、と呟いたジーニアスとリフィルさんの両親は、詳しいことは知らないけれど、もういないらしい。ずっと二人で生きてきて、数年前からイセリアで暮らすようになったのだと、ここに来るまでの旅の途中で聞いた。
親、か。わたしの親は、今どうしているのだろう。というより、元の世界でのわたしって、どういう扱いになっているのだろう。悲しませてしまっていたら、さすがに申し訳ないな。
一緒に暮らしている時は何かと大変だったけれど、こうしてもう会えないかも、と思うと、わたしですら寂しいなと思うのだ。まだ十二歳のジーニアスが寂しさを感じるのは当然だ。
でも、彼は今、無意識につぶやいてしまったようで。わたしに聞かせるつもりもなかった、というのは、わかっていたから。
わたしはただ、聞かなかったふりをして。彼の友達として、すぐ隣で笑いかけた。
「それにしてもジーニアスは物知りだね」
「ボクはロイドと違って授業中に居眠りなんてしてないからね」
「なるほど。納得」