無事にイズールドから渡ることのできたパルマコスタは、シルヴァラント最大の都というだけあって非常に大きく栄えていた。
この世界では最新鋭の技術である蒸気機関を使用した船や、今まで通ってきた町よりずっと豊富な品が並ぶ店。多くの知識人を輩出したという学問所があるからか、賑やかな通りには子供の数も多いし、初めて村の外に出たというロイドたちはずっと珍しそうに辺りを見回している。
どこを歩いても賑やかな声が聞こえてくるのは、町行く人達の表情が晴れ晴れとしているのも理由の一つだと思う。なんでもこの町にはディザイアンに対抗するための組織を作って睨み合っているとかで、他の場所に比べて被害がとても少ないのだ。不可侵条約とは違って「絶対に安全」というわけではないけれど、それが町の人たちにとっての希望になっているのは間違いない。彼らの表情が明るいのは、きっとそういった背景があるからだろう。
明るい人たちの声を聞きながら、この世界では最先端の、わたしにとっては歴史の教科書の中でしか見たことのない技術を使った町は、きっと観光をするだけでもとっても楽しいだろう。
けれど、わたしたちがまっすぐに向かっているのはこの町の統治者がいる総督府でもなければマーテル教会の大聖堂でもなく、また多くの知識が集まると言う学問所でもない。向かっているのは……ただの一介の道具屋、である。
別にここに来るまでで物資が尽きてしまったとか、ここでしか買えない特別な道具を買いに来たとか、そういうわけではない。いや、補給をしたいのも事実だけど、それだけじゃない。
目的は、ここの特産品であるパルマコスタワイン、である。
というのも、先ほどコレットがうっかり人にぶつかって、彼らが持っていたワインを割ってしまったのだ。
確かにぶつかったわたしたちが悪いのだけれど、どうにも相手の態度が悪いと言うか、なんというか。終始偉そうだったし、やたらと命令口調だし、喧嘩腰だしで、よそから見たらわたしたちの方がたかりにあっているような状況だったので、謝罪だけしてとっとと忘れてしまいたいのだけれど。コレットがどうしても弁償すると言うので、こうして代わりのワインを探しに来た、というわけである。
まあ、わたしだって変に争いたくないから、弁償することに反対する気持ちはない。こちらが謝って弁償すれば終わる話ならそれが一番だ。なんだその口の利き方は、と反論してもいいことはないと、かつての旅に出る前にものすごく痛感したし。わたしはたぶん、自覚がなかっただけで、怒ると逆に問題を悪化させるタイプなのだと思う。
だから素直にワインが売っているはずの道具屋には向かうけれど……内心でムカムカしてしまうくらいは、許してほしい。
「ふざけないで!」
道具屋の扉を開いた瞬間、少女の怒声が響いた。一瞬、わたしの内心のムカムカを怒られたのかと思ったけれど、もちろんそんなことはない。
少女の怒声を浴びたのは、店の中にいた二人のディザイアンだ。
彼らも買い物とかするんだ、なんてちょっとのんきに考えていると、店番の少女が再び声を張り上げる。
「そんな安い値段で売れるもんですか」
「こんなちんけな店の品物に、金を恵んでもらえるだけでもありがたいと思わないのか」
「薄汚いディザイアンが偉そうに! 本当はあんたたちなんかに、グミ一つだって売りたくないのよ!」
「ショコラ、止めて!」
「だってお母さん! こいつらおばあちゃんを連れて行った悪魔なんだよ!?」
「いい度胸だな、娘。そんな態度でいると、この町やお前自身がどうなっても知らないぞ」
ディザイアンが脅すが、ショコラと呼ばれた彼女は怯まない。
キッと睨んで、逸らすことなく噛みつく。素晴らしく勇気のある少女だ。でもそんな態度で大丈夫なのだろうかとハラハラしてしまう。
ここでわたしの武器を出すわけにはいかないし、相手がしびれを切らして攻撃してきたらどうしよう。同じような心配をロイドもしているのか、彼の手が腰の剣に触れているのを確認しながら、とにかく状況を見守る。
「やれるもんですか! ドア総督がいる限り、あんたたちなんかに屈しないんだから!」
「こいつ!」
「よせ。今年の間引き数を超えてしまう。これ以上はマグニスさまの許可が必要だ」
「ちっ……」
「マグニスさまの御意向次第では、命の保証は出来ないぞ」
ディザイアンはそう吐き捨てると、くるりとこちらに振り返るのを見て、いけない、と慌てて顔を逸らした。だが一番顔を見られてはいけないロイドが何もしないので、ちょっと乱暴だけど顎を掴んで無理やり逸らさせる。
そうして何事もなくディザイアンが店を出て行くのを見送ってから、ショコラさんはにこやかに母親に笑いかけた。
よかった。とりあえず、この場では何も起こらないらしい。
「それじゃあお母さん、私仕事行ってくるね」
「気を付けて! ……お客さん、ごめんなさい。驚かれたでしょう?」
さあ、見ていってください! と店主の女性は笑ってこちらに向き直る。
叱ってはいたけれど、きっと彼女も娘がディザイアンに言ったことと同じようなことを思っていたのだろう。
思ってても言えないのが普通だけど、ショコラさんは実際に言っちゃうからすごい。
「パルマコスタの人たちって、みんな勇敢だよね」
「ああ! みんな頑張ってディザイアンに立ち向かおうとしてるもんな」
「ホント、イセリアの人たちにも見せてやりたいよ」
「総督府のドアって人が、上手く町を纏めているみたいだね」
「確か……総督府に導師スピリチュアが辿った足跡を記した書物があったはずだわ。それを見せてもらえないかしら」
「スピリチュアって、世界再生に成功した神子だよね。それが読めれば、封印があといくつあってどこなのかもわかるかも」
ワインを探しながら、それならこの後総督府へ向かおう、と話をまとめるけれど、商品棚に並ぶパルマコスタワインのお値段を見て、みんなで顔をしかめる。
値段は1000ガルド。払えない額ではない、けれど正直、これから装備やアイテムなんかの補充をすると思うと高い。
「……パルマコスタワイン、高いね」
「でも、持っていかないとあの人たち、許してくれなそうだよ」
「ご、ごめんね、私のせいで……」
申し訳なさそうにコレットが謝る。
一部の防具の買い替えとかを諦めればなんとかなる……かな。どうしてもあれなら、カスタマイズ屋に頼んでみてもいいわけだし。
道具関係は買わないわけにもいかないし、とリフィルさんに相談していると、ふと、店主が話しかけてきた。
「お客さん、お金に困ってるんですか? それなら、学生寮の食堂に行ってはどうでしょう。ウェイトレスのバイトを探しておりましたわ」
「あ、私やります〜」
すぐにコレットが挙手する。もちろん、彼女がきっかけで必要になったことだし、責任感の強いコレットが挙手しないはずないよなあとは思うけれど。
でも、ウェイトレスか。きっと可愛いけど……うん、いつものコレットを見てるとやっぱり、不安だ。逆に借金が増えちゃうかも、なんて、失礼ながら思ってしまう。
「だ、大丈夫かな……」
「……まあ、わたしも手伝うから……」
頬を引きつらせるジーニアスを見て、わたしも挙手をする。
大丈夫、二人でやれば、大丈夫。アルバイトの経験からずいぶんと離れてしまったし、そこまで自信はないけれど、なるようになるだろう。
とりあえず、総督府へはこの問題を片付けてから行こうと話し合って、わたしたちはパルマコスタの学問所に向かうことにした。