食堂のお手伝いは、無事にクリアすることができた。コレットが転ぶようなことはなかったし、多くの注文が飛び交うのは混乱もしたけれど、協力することで大きなミスをすることもなかった。
しかも幸運なことに、報酬にはお金だけではなくパルマコスタワインまでもらうことができたのだ。実に運がいい。コレットの日頃の行いがよかったおかげだろう。
そう二人ではしゃぎながら、みんなが待つ学問所の二階空き教室へと歩く。もちろん、ワインを持っているのはわたしだ。コレットが転んだりしたら危ないし。
どうしてみんなが空き教室で待っているの、という質問については、今度はジーニアスとロイドが事件を起こした、という返事になる。
このパルマコスタ学問所は世界でも優秀な子ども集まるらしいのだけれど、ジーニアスも推薦を受けていたことがあるとかで、それをロイドがすごいなあ〜と入口で話していたのだ。そうしたら、何故かここの首席の生徒がそれを聞いていて、こんな小さい子供に推薦なんて来るものかと反発してきて。それを聞いたロイドが俺の親友を馬鹿にするなと喧嘩を買ってしまって、突発的に試験対決をすることになった……のである。
ついでに何故かわたしたちも試験を受けた。どうせならみんなで受験してからお手伝いに行こうという話になってしまったので受けた。まあ、半分とれたら嬉しいなあ、という程度の期待でしかないのだけれど。
ということで、試験の結果発表を待つついでにわたしたちは食堂へ行き、みんな空き教室でそのまま待機している、という流れなのだ。
「おっと」
二階まで上がったところで、小さな女の子にぶつかる。
小さなと言っても、ジーニアスよりは年上だと思う。制服ではないし、近くに父親らしき人もいるから見学者だろうか。
女の子は学問所にはしゃいでいるようで、わたしにぶつかっても楽しそうにあたりを見回している。
「すみません、娘が……」
「いえ。気を付けてね、お嬢さん」
「うん! ごめんねお姉さん」
「こらマルタ、あまり遠くへ行くなよ。では失礼します」
謝るけどまだまだ探検したい! とばかりに駆け出していく女の子に苦笑しつつ、軽く会釈をして去って行く親子に平和でいいなあとコレットと笑いあって。
彼らを見送ってから教室の扉を開ければ、みんなが試験を受けた時のままの状態で待っていた。
「先生、ワインもらえました〜」
「あら、それは良かったわ。ちょうどよかった。試験の採点が終わったから、一緒に発表するわよ」
「うぇ、発表ですか……」
「発表です。さ、席について」
どうせ悪い点数だとわかってるのに、発表されるなんて酷い。笑いものにされてしまったらどうしよう。試験の時と同じ席に座って、ああ嫌だなあとため息をつく。
もうこのパルマコスタワイン飲んでやりたいくらいだ。結果を持ってきたという学問所の教師が教壇にのぼるのをドキドキしながら見ていると、そんなに気負わなくて大丈夫だって、と前に座るロイドに肩を叩かれた。
「まず最下位は……ロイド・アーヴィングくん。25点」
「うわ。25点だってよ」
「今までで最高得点だよ。おめでとう!」
「へへ……」
「レベルが低すぎるな。これじゃ、僕の勝ちは間違いないね」
「なにおう、ジーニアスは凄いんだからな!」
ああ、どうしよう。
ロイド一人だけものすごくレベルが低いことになっているのがわかる。
確かに、確かにこれは彼にとって最高得点なんだけど。喜ばしいのは事実なんだけど。ジーニアスはもちろん、クラトスさんまで渋い顔をしてるのが見えて、わたしの方が慌ててきた。
「残りの順位は以下の通りだ。天織なぎさくん。201点」
「……あれ? 100点満点じゃないのか?」
「400点満点だよ」
「……400点中の25点だと、今までのテストと変わらないんじゃない?」
「う、うるせー」
いや、201点のわたしもかーなーり悪い点数なんだけど。
簡単な計算とかは変わらないんだけど、その、歴史とか時事問題とか、知らない固有名詞が出てくると何もわからない。い、一応頑張ったということで、自分を褒めておこう。
「コレット・ブルーネルくん。210点。クラトス・アウリオンくん。380点。リフィル・セイジくん。400点」
「……先生が満点なのは当たり前だろ」
「クラトスさんも頭良いんだね」
ほとんど満点に近い数字に、すごいなあと素直に感心する。
実は彼とはこの旅の中で最低限の会話しかしていないので、いまいちその人となりを掴みかねているんだけど。いろいろと博識だし、ロイドのことをかなり気にかけているみたいだったから、悪い人ではないんだろうなと思いつつ。共通の話題もそんなにないし、誰かを間に挟まない限りはほとんど会話していない。雑談という意味では一回、この帯が骨董品としてかなり高値がつきそうって話をしたくらいかな。
だから、ほぼ満点に近い点数を出したことに驚いた。考えてみれば傭兵は時事問題に詳しいだろうし、いろんな人の話を聞いて、いろんな場所に行くことになるから、経験として知識を持っているのかもしれない。
それにしたってすごいなあ、と下から数えて二番目のわたしは思うけれど、この試験のメインはクラトスさんではない。
ジーニアスと、この学問所首席のマイティくんの点数が本番だ。
「肝心のジーニアスくんとマイティだが、それぞれの点数を発表しよう。……マイティ・ワシントンくん398点。ジーニアス・セイジくん400点」
「やった!」
「凄い! 満点だ!」
思わず声を上げて、ロイドとハイタッチをする。
喜びすぎかもしれないが、彼にとっては大事な親友を評価された瞬間だ。わたしにとってもジーニアスは可愛い友人であるし、やはり嬉しくなってしまう。
「どーだ! ジーニアスは凄いんだぜ!」
「……完敗だよ。バカにして……悪かった」
「へへ〜どんなもんだい」
ジーニアスもやはり満点を取れたことが嬉しいようで、えっへん、と自慢気に胸をそらすあたりは年相応で可愛らしい。これでまだ十二歳なのだから本当にすごい。これからもいろんなことを学んでいくのだろうし、将来が楽しみだ。
学問所の先生も同じことを思ったようで、穏やかに笑いながらジーニアスを見る。
「それにしてもジーニアスくんは優秀ですな」
「ええ。年齢のわりにとてもよくできた子です」
「さすが我が校の推薦を受けただけはある。どうですか。ここに残られて共に学んでは……」
「そうだ、そうしろよ。きっとキミはこの学問所始まって以来の天才になるぞ」
少し興奮気味にマイティくんがそう勧めてくるのを見て、こちらに振り返っていたロイドの笑顔が引きつるのがわかった。
だが、彼は笑顔を崩すことまではしない。引きつったことなんて自分すら知らないとばかりに声を上げた。
「す……すげーなジーニアス! ……残っても……いいんだぜ。いや、残った方が……」
「ううん。ボク、みんなについてく。世界が平和になったら改めて勉強するよ」
ロイドの言葉をジーニアスが遮る。その声にも表情にも、一切の迷いはない。
却ってロイドの方が戸惑っているようだった。そりゃあ、そうだ。旅に出るよりも、ここに残った方が安全だし、せっかくの才能を持て余すのももったいない。だから、そう背中を押そうとしたロイドの気持ちはわかる。
でも、ジーニアスはやっぱり首を横に振るだけだ。勉強なんて後でもできるよ、なんて、長命のエルフらしい言葉まで言う。そうしたら、もうそれ以上言う言葉なんてない。
「いいのか……?」
「うん。だって言ったでしょ。ボクはロイドについて行くって」
「……ああ!」
彼の強い気持ちが嬉しいのか、ロイドは満面の笑みを浮かべる。
それを見て、わたしとコレットはふふっと笑った。
「ふふ。凄いでしょ。二人とも、私の自慢のお友達なんだよ」
「うん。いい友達を持ったよね」
嬉しそうに笑うコレットに笑い返す。二人を語る彼女はいつも自慢気だ。
二人も互いはもちろん、彼女のことも大事にしてるとわかるから、三人が一緒にいるのを見るたびに、とても素敵な関係だといつもなごんでいた。
三人の間には、それぞれの種族も、肩書きも関係ない。お互いを尊敬しあって、尊重し合える、素敵な仲良し三人組。
その関係は、本当に尊いもので、かつて夢見た世界そのもので。見ているだけで嬉しいと思うと同時に、ちょっとだけ。
ミトスくんとマーテルさんに会いたくなるような、そんな素敵な関係だ。