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ハコネシア峠は、パルマコスタ地方とアスカード地方を分ける小さな峠だ。
といっても、渡る際には通行証が必要になるので誰もが自由に行き来しているわけではない。まあ、アスカード地方にもパルマコスタ地方にも人間牧場はあるから、どちらに行ってもディザイアンに怯えることに変わりないから、旅をせよ、と教義にあるマーテル教の信者くらいしか通行証について考える機会はないみたいだけれど。

とにかくその通行証を扱っている小屋のお爺さんは、骨董品が好きなのだとか。
そして再生の書も十分に骨董品と呼ばれるもの。きっと売られるのならばここだろうと小屋の中に入れば、古いツボやら甲冑やらを並べている一人の老人が、そっけなく口を開いた。

「通行証は一億ガルドで発行するぞ」
「な、なんだよその金額!」
「黙れ小僧! わしゃあ男は大っ嫌いなんじゃ!」
「これじゃあマーテル教の旅業をする者までここで足止めされてしまうわ」
「おお、お前さん美人じゃのう。お前さんが旅業をされてるなら、パルマコスタの旅行代理店でアスカード遺跡ツアーにでも参加するといい」
「ずるい! 代理店と結託してもうけてるな!」
「うるさいのう! 金のない奴はとっとと帰れ!」

素晴らしいくらいに女好きだとわかる態度でちょっと感動した。リフィルさんを見た瞬間の手のひらの返しっぷりはいっそ気持ちいいくらいだ。

「あれ? 大きな教典……」
「清純派の嬢ちゃん、見る目があるのう! これはのう、マナの神子さまから買わせていただいたものじゃ。大変珍しい教典で、導師スピリチュアの伝説が記されているんじゃよ!」

小屋の中を見回していたコレットの呟きに、彼は嬉しそうに顔をほころばせて答える。
導師スピリチュアの伝説、ということは、たぶん間違いないこれが再生の書だろう。古ぼけた大きな教典は、老人のコレクションとしてそこに鎮座していた。

「間に合わなかったんだ……」
「それ譲ってくれよ! いや、見るだけでいい!」
「何を言っとるか! どうしてお前なんぞに見せてやらねばならんのじゃ」
「いいじゃないか! コレットはマナのみ……」
「マナの神子さまの持ち物を見せていただきたいという、信仰心のあらわれですわ。コレットは天使言語をおさめた、立派な信者ですのよ」

ジーニアスを遮って先生が言う。
ここで神子だと言っても、こっちが偽物扱いされちゃうだろうしね。総督府のように、また羽でも見せればいいのかもしれないが、それもなんだか気が引けた。
だからどうか見せてほしい、としつこく先生が食い下がると、やはり女性には弱いらしい。彼は首を横に振るのを止めて、しぶしぶながら頷いてくれた。

「そんなに言うなら、そこの清純派の嬢ちゃんと、美人の姉ちゃんと、正統派の姉ちゃんには見せてやらんことはない」

正統派ってなんだ。わたしのことか。
いやまあ、それ以外に誉める言葉が浮かばなかっただけなんだろうけど……それなら無理せず、わたしも男性陣のような扱いにしてくれて構わないのに。

ハコネシア峠のお爺さん、もといコットンさんは、代わりにあるものを取ってきてくれるなら見せてやろうと提案した。
なんでも、ここからパルマコスタへ向かう途中の救いの小屋にある、スピリチュア像を持ってこいとのことらしい。
完全に足元見やがって、と思うけれど、まあ、この状況ではどうしたって相手が有利だ。像も金もないなら用はないと追い出されてしまっては、これ以上できることはない。

「なんだよあの強欲ジジイは!」
「まあ!」
「な、なんだよ」
「あなたが、強欲だなんて言葉を知っていたなんて。しかも用法を間違えてない。素晴らしいわ!」

小屋から出てすぐ、先生が嬉しそうにロイドを見る。
ロイドもそれに照れくさそうにこめかみをかいた。

「そ……そんなに誉めるなよ、先生」
「だって奇跡的なんですもの」
「へへ……照れるな」
「バカにされてるんだけど」
「うるせー!」
「いててて」

隣でクラトスさんがため息を吐いたのでなんとなく謝っておく。
わたしもちょっと、感動しちゃったし。だってロイドったら、まだ九九を暗記してないどころか、生計って言葉も通じないんだもん。頭の回転はいいはずなんだけど、どうにも勉強には不向きなのだ。
とりあえずここまで来たのだし、このまま救いの小屋に行って件の像をもらってこよう、旅に必要なのだと説明すれば、小屋の司祭たちも協力してくれるだろう……と地図を見ながら話をまとめたところで、ふと、入り口のあたりで人が集まっているのに気付いた。
彼らは皆、不安気な顔で言葉を交わしている。

「聞いた? ディザイアンたちがパルマコスタに向かったんですって」
「パルマコスタ牧場のマグニスまでいるみたいだしな……こりゃ、しばらくここで足止めか」

聞こえてきた言葉にハッとする。
浮かんだのは、勇敢にもディザイアンにくってかかったショコラという少女だ。確かあの時、ディザイアンたちは「今年のマグニスさまの許可が必要」だとかなんとか言っていなかっただろうか。もしかして、その許可を得て、進軍しているのではないだろうか。
そして次に思い浮かぶのは、ディザイアンに襲われたイセリアの光景。……ひどい景色と、罪の意識と、恐怖と。いろんなものがないまぜになって、ぶるりと体が震える。
あの光景は、だめだ。繰り返したくない。わたしがこの時代に来てしまった時のことも思い出してしまうし、なにより……なによりもう、あんな風に誰かが傷付けられるところを、見たくない。
思わずロイドの名前を呼べば、彼も同じことを思い浮かべていたのだろう。彼は怒りさえ感じる表情で強く頷いた。

「……ロイド」
「ああ、急いで向かおう!」