「どけ! マグニスさまのお出ましだ!」
パルマコスタの広場に、ディザイアンの声が響く。
広場のど真ん中に用意されているのは首吊り台だ。床を外したら、支えを失って首を吊られてしまう、古めかしい処刑道具。その上に立って、首に縄をかけられているのは、この間道具屋で見かけた女の人……ショコラさんの母親だ。
諦めきった表情で死を待つ彼女のもとに、顔に大きな傷跡をもった赤い髪の男が大股で近付いていく。
誰かが、彼は東の牧場のマグニスだと呟いた。
男は……マグニスは、その声の主を目ざとく見つけると、首を掴んで持ち上げた。
「マグニスさま、だ……豚が……」
ゴキリと嫌な音が響く。
ただ彼を呼びに捨てにしただけで持ち上げられた男はやがて力無くうなだれ、そこら辺に乱雑に捨てられた。
それを遠巻きに見て、思わず小さく悲鳴が零れる。そんな小さな悲鳴など誰にも届かないとでも言うように、ディザイアンは再び声を張り上げた。
「この女は偉大なるマグニスさまに逆らい、我々へ資材の提供を断った。よって、規定殺害数は越えるものの、この女の処刑を執り行うことになった」
「くそっこの町の兵士たちはどうしたんだ!」
「演習でほとんど出払ってるんだ」
「隙を狙ったんだな。ひどいや!」
ロイドたちに答えた人の言葉に、これまたずいぶんとタイミングがいいなと思う。
いつ演習に行くのか筒抜けなようじゃ、何も脅威にはならないだろう。むしろ、よその地に聞こえるくらいにはっきりとディザイアンへの抵抗組織があると表明しているこの町が放置されている理由は、そこにあるのかもしれない。そんな表明など無意味だ、壊滅させる必要刷らないほどに……と思われているのだとしたら、なんだか不思議な感じだ。
考え込むわたしの横を、誰かが走り抜ける。一目散に処刑台に向かったその人は、あの勇敢なショコラさんだった。すぐにディザイアンに行く手を阻まれてしまって、お母さんのところへはたどり着けなかったけれど、彼女は相変わらず意志の強い目で彼らを睨みつける。
「母さん!」
「動くな! そこの女! 下手に逆らえば、死んだ方がマシな思いをすることになるぞ」
「ドア総督がそんなこと許すもんですか」
「ドア……か。ガハハハ! 無駄な望みは捨てるんだな!」
「やめてえ!」
マグニスが処刑台の床を落とせと命令しようとした瞬間、彼に向かって石が投げられた。いや、正確には彼の足元までしか石は届かなかったけれど、石を投げられた、という事実は変わらない。
投げたのはまだ小さな子供だ。目に涙をためて投げる石は、決してマグニスに当たったわけではないけれど、彼の怒りを買うには十分だった。
「この……薄汚い豚がぁっ!」
「止めろ!」
「ぐはっ」
子供を捕まえようと武器を構えたマグニスに、ロイドが魔神剣を放つ。
完全に隙をついた攻撃にマグニスがうずくまったのを見て、慌ててリフィルさんがロイドの腕を掴んだ。
「ダメよロイド! ここをイセリアの二の舞にしたいの?」
「何言ってんだ! ここはディザイアンと不可侵契約を結んでるわけじゃないだろ? 目の前の人間も救えなくて、世界再生なんてやれるかよ!」
「私も、こんな処刑を見過ごすなんて出来ません!」
コレットまでもがそう前に出る。
二人とも目の前のものを切り捨てられない。そういうところは確かに危ういけれど、嫌いじゃない。ううん、かつてのミトスくんとマーテルさんを思い出してしまって、よくやった、とすら言いたくなる。
もちろん、彼らは二人とは違う人だ。わかっているけれど、わたしはロイドを止めることができなかった。
「お前は手配ナンバー074のロイド・アーヴィングだな」
「お前が例のエクスフィアを持ってるという小僧か。ガハハハ! こいつはいい! ここでお前のエクスフィアを奪えば、五聖刃の長になれる。お前ら! あの小僧どもを狙え!」
マグニスの指令に数人の魔術師がファイヤーボールを放つ。
しかしそれは当たらない。ロイドたちの前に飛び出したジーニアスの魔術障壁によって、簡単にかき消されてしまったのだ。
まだ幼い彼はまるで挑発するように、やれやれと首を振りながらこちらに戻ってくる。
「まだまだ修行が足りないね」
「くそっこのへたれどもが! もういい、まずはこの女の始末をつけてやる!」
「危ない!」
「何だと!?」
ショコラさんの母親を吊す縄を、コレットのチャクラムが切り落とした。
床の抜けた処刑台から落ちた彼女に駆け寄るショコラさんを見て、次から次へと何なんだと憤るマグニスを今度はクラトスさんが斬りつけた。
「……神子の意志を尊重しよう」
静かな、けれどはっきりと広場に響いた彼の言葉に、ただ見ているだけだった町の人々がハッとコレットを見る。
許せないと思いながらも動けずにいて、悔しさに涙を滲ませうつむいていた人たちが顔を上げる。そこに立つ、たった今処刑されそうだった民を助けた、一人の少女へと視線を向ける。
「神子さま……?」
「あれが、神子さまなのか?」
「神子さまが我らに力を貸してくださるのか?」
ざわざわとどよめきが広がるのを聞きながら、リフィルさんが焦りを含めた声をあげた。
「みんなわかってるの? ディザイアンに逆らうと、この町もイセリアのように襲われるかもしれないのよ?」
「そうさ! わかってる。二度と同じ間違いは二度と繰り返さない。牧場ごと叩き潰してやるさ」
「無茶だわ、そんな……」
「どのみち俺もコレットも狙われてるんだ。それに俺たちには神子がついてる! 世界を再生する救世主がさ! な、コレット!」
「……うん。私、戦うよ。みんなのために」
「おお! コレットさま! 偉大なるマナの神子さま!」
コレットの宣言に、町の人々が一気に湧き上がる。
もう誰も、マグニスに対する恐怖を持ってはいないようだった。
これはもう負けだね、とリフィルさんに笑いかければ、彼女は仕方ないとため息を吐いた。
「……もう、本当にバカな子たちね。心配だから、私も手伝うことにするわ」
「先生! ありがとう!」
「くそっどいつもこいつも俺様を馬鹿にしやがって! お前たち、こいつらの始末は頼んだぞ!」