「なーんか、いろいろとついてないねえ……」
「まったくだわ。わざわざソダ島にスピリチュア像を落とすだなんて」
スピリチュア像をソダ島間欠泉に落としてしまいました、と懺悔したのはまだ若い祭司だった。
本物のダイヤを埋めたそれを守るため、旅業の際には必ず持ち歩かれるというスピリチュア像。ここに安置されているその像は偽物なんです、初めての間欠泉に興奮して落とし、なんとかイセリアのドワーフに偽物を用意してもらったのです、と涙ながらに語った彼に、わたしたちはかけられる言葉なんてなかった。
ダイクおじさん、なんでもやるねとは、幼い友人の談。
くずのダイヤでコットンさんを騙すのは難しいだろうとは、目利きもそれなりにできるらしい傭兵の談。
それならどうせ通行証もないから峠を越えることもできないのだし、再生の書を見るためにも、スピリチュア像は回収した方がいいだろうと判断し、ソダ島まで行くことを決心したのは、ほんの数分前のことである
……実際に、足が向かっているのはソダ島へ渡る遊覧船乗り場ではなく、パルマコスタ方面なのだけれど。
「パルマコスタとの反復横跳びになっていることの方が問題か」
遊覧船乗り場までの道を地図で確認している時だった。
ドア総督から、共にパルマコスタ人間牧場に攻め行ってほしいと、伝言が届けられたのは。
なんでも旅業案内人のショコラさんが誘拐されたのをきっかけに、本格的に牧場へ踏み入ることにした……とのことで。どうか、わたしたちに彼女をはじめとする牧場の人たちを助け出してほしいと言う。
ついに、と、町の人が湧きたつのが簡単に想像できる。勇気ある行動だと、褒め称えたい気持ちもわかる。でも、どうにも……わたしたちとも関わりあるショコラさんが誘拐されて、とは、これまたよく出来た話だと、訝しんでしまう自分もいた。
「いくら目立ってたからって、ここでショコラさんってのは……なんだか調子が良すぎると思うんだけど」
「さすがに、お前たちも気付いていたか」
「気にしない方が難しいと思いますよ」
前を歩く三人からほんの少し後ろで、声を潜めたクラトスさんとリフィルさんと共に顔を見合わせる。
先日の演習のタイミングを完全に把握されていたことといい、このピンポイントすぎる人選といい。なんとなく、ドア総督を信じきれない気持ちは、わたしだけではないらしい。志しは立派だし、疑いすぎるのは良くないとは思うけど……でも、人をまったく疑わないでいる、というのは、難しい。
「そうね……何事もないといいのだけど。きっと、そうはいかないのでしょうね」
そうつぶやくリフィルさんが見るロイドたちは、もちろんわたしたちのような疑いなんて持っていない。知っている人を助けなければと息巻いていて、なにより、目の前に広がる人間牧場の光景に拳を握り締めるので忙しい。
「ロ、ロイド……」
「ああ、この光景、見たことあるぜ」
「イセリアだけじゃ、ないんだね……」
「ボク、もうマーブルさんのような犠牲者が出て欲しくないよ」
「ああ。もう犠牲者はいらない。行くぜ、ジーニアス!」
「神子さま、お待ちください」
飛び出そうとしたロイドを、草陰から誰かが呼び止めた。
草の間に隠れていたのは、ドア総督の補佐の確か……そう、ニールさんだ。
「ニール! ショコラが浚われたんだって?」
「はい。そのことでお話があります。とりあえずこちらへ……」
「……あまり良い話ではなさそうね」
神妙な顔をしたニールさんに、みんなは素直に続いて草の中へと身をひそめる。
そうして、全員の顔が見えるところまで歩いたところで、彼は少しの間逡巡して、それから決意を固めるようにコレットを見た。
「皆さんにはこのままパルマコスタ地方を去っていただきたいのです」
「え? でもそしたらショコラさんはどうなるんですか?」
「そうだよ。パルマコスタ軍と連携をとって、ショコラさんを助けるんでしょ?」
「いえ、それが……」
そこで言いよどむ姿に、ああ、悪い予感が当たったのか、と思った。
思わずため息をついてしまうと同時に、クラトスさんも重く口を開く。
「やはり……罠か」
「嫌な方の想像が当たっていたみたいね」
「クラトス! それに先生も! どういうことだよ!」
「ロイド。よく考えてみなよ。パルマコスタはディザイアンとの対決姿勢を、あんなにも堂々と見せてるけれど、襲撃されることなくずっと放置されてる。一人反抗したショコラさんには罰を与えようとしたディザイアンが、だよ? なんだかおかしいと思わない?」
明らかに動揺するロイドたちに、なるべくゆっくりと問いかける。
わたしたちがこれまで見てきたディザイアンは、基本的に人間という種族を見下し、自分たちに反抗することを許さない、という姿勢を貫いていた。
それはイセリアのディザイアンも同じだ。「不可侵条約を守る」という自分たちに害のない、従順な姿勢を見せるイセリアの人たちには、手を出さない。けれど条約を破って牧場に関わるという「ディザイアンへの反抗」を見せるなら許さない。その結果が、あれだ。
マグニスと比べると理性的な態度を見せていたフォシテスでさえ、反抗する人間は許さなかった。
そしてマグニスはあの広場で見た限り、彼よりずっと単純に、力に任せて好き勝手するタイプだ。
たかが呼び捨てくらいの小さな反抗でで人を殺せるようなマグニスが、たかが道具を売らなかっただけの小さな反抗でカカオさんを殺そうとしたディザイアンが、明らかな反抗姿勢を示すパルマコスタを放置している。
それは、どう考えても、不自然だ。
「ディザイアンが組織だった軍隊を持つ町を、おとなしく放置していることが私には疑問だった」
「ええ、その通り。反乱の芽を潰さないのは、それが有害ではないから……力を持たないのか、有益な存在だからか……」
その答えとしては、「パルマコスタディザイアンに対抗する力を持っていないからだ」と思っていた。演習で出払う時期まで筒抜けになるような未熟な集団なんて、自分たちに反抗らしいこともできない。おもしろい見世物として楽しんでいるだけだ……なんて、ちょっと悪趣味なことを考えていた。
けれど。こうして進軍を決意するくらいには。それに全員がついていくくらいには、統率された組織があるのであれば、きっとわたしの予想は外れている。
説明を求めるように視線を向ければ、ニールさんは申し訳なさそうにうなだれた。