牧場を爆破させたその足で、再びパルマコスタへと戻る。
目的地はもちろん、総督府だ。以前面会した場所に総督の姿はなかったけれど、地下から微かに話し声がすると言ったコレットの言葉を信じて静かに階段を下りれば、ちょうどドア総督とディザイアンの話し声がわたしたちにも聞こえてきた。
ここは、牢屋も兼ねているのだろうか。大きな布のかけられた鉄格子の前、小さなテーブルを挟んで話し合う二人を不安げに見上げるキリアちゃんを抱き寄せながら、ドア総督は鬼気迫る様子でディザイアンを睨みつけている。
「妻は……クララはいつになったら元に戻れるのだ」
「まだだ。金塊が足りんからな。だんだん少なくなってないか?」
「これが精一杯だ! 通行税に住民税、マーテル教会からの献金。もうこれ以上どこからも絞り取れん!」
「まあよかろう。次の献金次第では、マグニスさまも悪魔の種子を取り除いてくださるだろうよ」
もうそのマグニスはおろか、牧場だってないのに。そんなことを知らないまま悠々と歩き去ろうとするディザイアンをロイドが気絶させた後、すれ違うようにしてわたしたちはドア総督の前に出る。
いきなりディザイアンをのして現れた、罠に嵌めたはずの神子の姿を見て、彼はひゅっと息を飲んだ。
「何だよその面は。まるで死人でも見たような顔だな」
「ねえロイド。そのセリフ、ありきたりだよ」
「お、お前なー、こんなときになー!」
「何故、神子たちがここに……? ニール! ニールはどうした!」
ドア総督は先ほどまで金塊が乗っていたテーブルをドンと叩く。
ニールさんはその声に飛び出すと、悲しげに訴えた。
「総督! まさか総督が、ディザイアンと手を組んでいたなんて……」
「お前が裏切ったのか!」
「総督! 牧場は神子さまたちが爆破してくれました。もうこんな愚かなことはお止めください!」
「何……! ではクララは、生きる望みを絶たれたというのか……」
「クララ? 誰だか知らねーけど、収容されてた人はみんな助けたぜ。……ショコラ以外は」
一歩前に出たロイドに、彼は引きつった笑みを浮かべる。その笑みがどんどんと暗いものになり、信じられない、とばかりに震えながら首を振り。そうして絶望しきった表情を浮かべる彼に、ぞわりと背筋が震えた。
「……助けた、だと? なら、助けてみせよ。我が妻を!」
彼は悲鳴のように声を荒げた後、近くの鉄格子にかけられた布を勢いよく引き剥がす。そうして姿を現したその小さな檻の中身に、わたしたちは一斉に息を飲んだ。
そこにいたのは、見覚えのある……怪物、だった。
見上げるほどの巨躯。緑色に変色し、長く大きくひしゃげた肢体。もう顔もわからないほど歪んだ頭部に埋め込まれた宝石。
着ている服はとても美しい淑女のそれであったけれど、その姿は見覚えがある。忘れたくても忘れられずにいる。
マーブルさんと同じものが、そこにいた。
「……!」
「ま、マーブルさん……?」
「同じだ、マーブルさんと……!」
「泣いてる……あの人、苦しいって泣いてる……!」
「ま、まさか……」
「そうだ! これが妻の変わり果てた姿だ!」
悲鳴のような叫びを聞いて、わたしたちは嫌でも理解してしまう。
彼の言う悪魔の種子、とは、エクスフィアのことだ。牧場でマグニスが「再現してやろうか」と言った通り。きっと無理やりに彼女に埋め込んだエクスフィアを、彼は夫の目の前で暴走させてみせたのだ。
ひどい。牧場に収容されている人たちに対する首輪だけじゃない。こうして人質のように使って、強制的に支配しているのだ。
「だから……亡くなったことにしていたのね」
「父が愚かだったのだ。ディザイアンとの対決姿勢を見せたために殺され、見せしめとしてクララは悪魔の種子を植えられた。私がディザイアンと手を組めば、妻を助ける薬が貰えるのだ」
「じゃあ、あんたは町の人たちを裏切ってるんじゃないか!」
「知ったことか! この町の者たちは私のやり方に満足している! だがクララはもう生きる望みを絶たれた……貴様たちのために!」
ドア総督がぎらりとこちらを睨む。これまで自分が払ってきた犠牲が何も意味を持たなくなったのだと絶望して、どうしてくれるのだと糾弾してくる。
だがそれに怯むようなロイドではない。彼はドア総督に煽られるように、感情を乱しながら怒鳴り返した。
「自分一人が被害者面するな! あんたの奥さんは確かに可哀相さ。でも、あんたの言葉を信じて牧場に送られて、奥さんと同じようになってしまった人だっているかもしれないんだぞ!」
「黙れ小僧! 自分だけが正義と思うな!」
「ふざけろ! 正義なんて言葉、チャラチャラ口にするな! 俺はその言葉が一番嫌いなんだ。本当に奥さんを助けたかったなら、総督の地位なんて捨てて、薬でもなんでも探せば良かっただろ! あんたは奥さん一人のためにすら地位を捨てられないクズだ!」
「ロイド!」
わたしは思わず大声でロイドの名前を呼んだ。
ヒートアップするばかりの口論を止めたかったというより、この先を聞きたくなかったのかもしれない。もうこの話題に耐えられなかったのだと思う。
だってロイドが責めるドア総督は、わたしと何も変わらない、ただ大切な人を助けたいだけの……無力な人、だったから。これしか方法はないんだよね、と諦めを自分の選択だと言い聞かせてがむしゃらになるしかできない人だから。
……もう、元の世界には戻れない。その諦めを、ミトスくんとマーテルさんへの恩返しと称した日常を選ぶことで前を向こうとしたのに、わたしは二人を助けるどころか置いてきてしまった。彼らを助けることなんて、きっと一度も出来なかった。
彼らのところに帰りたいと、がむしゃらになることもできない。何も捨てられない。この手に残ったほんの少しを必死に握りしめるしかできないわたしと、自分にできるわずかなことだと言い聞かせて町の人を裏切り続けた総督は……きっと、根本的には変わらないから。
わたしも、目の前に用意された方法がどれだけ悪いことだったとしても。それしかないと思ったら、どんなひどいことも、悪いことも、できてしまうと思ったから。
これ以上彼を追い詰めることで、自分まで責められているような気持ちになるのが、きっと嫌だった。怖かった。
だから、声を出して、彼の言葉を遮った。遮って、その先の言葉は思いつかなくて。黙ってしまったわたしの代わりに、コレットがロイドの腕を掴んだ。
「ロイド、もう止めてあげて。みんなが強いわけじゃないんだよ」
「コレット……ナギサ……」
「私探すから! 奥さんを助ける薬があるのなら、探すから……!」
だから、これ以上はもうやめて、とコレットは言葉を続ける。
みんながみんな、強いわけじゃないから。耐えられるわけでも、前を向き続けられるわけでもないから。その人たちのために、自分が頑張るからと。そう言って手を握る彼女に、ロイドも……総督も。ただ呆然と、彼女を見つめた。
「神子よ……私を許すというのか」
「あなたを許すのは私ではなく、この町の人たちです。でも、マーテルさまは許してくださいます。マーテルさまはいつもあなたの中で、あなたの再生を待って下さっているから」
無意識か、ドア総督は自分の胸に手を当てる。
そこにいる女神マーテルを感じるように。静かに。
「……無駄なことだ。一度発芽した悪魔の種子を取り除くことは出来ない」