これからのパルマコスタについて、わたしたちができることは何もない。
総督を亡くしたあとこれからどう生きればいいかなんて、当事者である彼らにしかわからないことだ。
泣き腫らした目で、けれどしっかりと背筋を伸ばして。皆さんはどうか、旅の続きを、と気丈に笑ってみせたニールさんに見送られて、わたしたちは再び、世界再生の旅に出る。
パルマコスタに訪れる前と変わったのは、世界再生に対する思い、だろうか。
今、この衰退した世界で苦しんでいる人がいる。そのことは、ちゃんとわかっているつもりだった。けれど、それはあくまで想像の中でしかない。実際には、わたしたちが思っているのとは全然違う苦しみにあえいでいる人もいる。悪魔の種子、だなんて。そんなものまで使って、ディザイアンは誰かを虐げている
あんな光景を。ああして死んでしまう人を。もう見たくない。立ち上がるほどの強さを持たない人たちを助けるために、頑張る。そう、以前より強い意志で語るコレットに、わたしたちも強くうなずいた。
そうしてまずは、ずっと放置してしまっていたスピリチュア像を回収するため、わたしたちはソダ島遊覧船乗り場へとやってきた。
別に、ニールさんから通行証はもらえたし、あんなお爺さんは無視して進むくらいできるのだけれど。やっぱり、再生の書は見たいからね。
……と、言ってここまで来たのだけれど。桟橋にあるのは遊覧船なんかじゃない。人が二人くらい乗れそうなくらい大きいだけの、丸くて平たい、あれ、だった。
「たらい……だよな?」
「たらいだ……」
「たらいだね……」
「たらい、か……」
「うわあ、おもしろそう!」
コレットを除く全員がぽつりと呟く。
いや、うん。どこからどう見ても、やっぱり、たらい、だ。大きなたらいが海に浮いている。これに乗って行け、とのこと、だけれど。さすがにこれは予想外だ。
ほら、リフィルさんも引きつった笑みを浮かべている。
「わ、私はここで待っています。さあ行ってらっしゃい」
「どうしたんだよ先生」
「別に……何でもありません。よくって? 私は乗りません」
「おもしろそうですよ。乗りましょうよ」
「そうだよ、姉さん」
「きゃ……!」
ぐいとジーニアスが腕をひくと、リフィルさんの口からか細い悲鳴が零れた。
可愛らしい、か細い、声。とても普段の彼女からは想像できない声に、思わず全員がリフィルさんを見た。
「……先生まさか……水が怖い……とか?」
「きゃあ、楽しみ! と言いかけたんです!」
ずかずかと歩いて一番乗りでたらいに乗る。その勇ましい姿に、遊覧船乗り場の馬小屋に繋がれたノイシュも驚いたようにわふ、と声を上げた。
いや、まあ、彼女らしくない先ほどの返しといい、今も目を閉じて水から目をそらしている様子といい、明らかに強がっていることが丸分かりなのだけれど。それを指摘しても彼女は認めないだろうから、みんな顔を見合わせて肩をすくめるだけに留めた。
「意地っ張りだなあ」
「大丈夫ですよ。沈没するときは一緒ですから」
「大丈夫じゃねえだろそれ……」
苦笑しながら、それぞれたらいに乗り込む。
数の問題で、わたしとリフィルさんは同じたらいだ。彼女は自分で操作することすら難しそうだから、誰かと一緒に乗るのは確定。そして体重バランス的にはジーニアスが一緒の方がいいと思ったけれど、万が一沈んだ時、わたしの方が彼女を連れて泳ぐことができるから、ということで、わたしと一緒である
それに泳ぎは、以前あの湖で溺れそうになったことをきっかけに、ミトスくんと一緒にかなり練習したので、ちょっと自信がある。だから手を挙げたのだけれど、乗ってみると思った以上にバランスが悪くて苦戦した。
だって自分の重みですら沈むそれは非常に心臓に悪いし、櫂を使って進むごとに、波で大きく揺れてなかなか前に進まない。
「わ、やっぱ難しい」
「あああ、ちょ、ちょっとお待ちなさい。そんなに急いでは浸水します!」
「でも乗ってるだけでも危ないぜ?」
「わあ〜楽しい〜!」
すい〜っとコレットが横を通り過ぎるのを見ながら、わたしとリフィルさんはおっかなびっくり進んでいく。
なんかみんな簡単そうだけど、これ、揺らすと水が入ってくるから。沈むから。やっぱり二人で乗るのは無謀だったかな。でも数が足りないし、これしかないんだよな。
「リフィルさん落ち着いて! ほら、ゆっくりゆっくり」
「ま、まだなの。まだつかないの」
リフィルさん待って、暴れないでくれるのはいいけどそんなに強くしがみつかないで。すっごい苦しい、どこにそんな力があるの。
「……まだ出発したばかりだ」
「わ、クラトスさん、上手だね」
「俺だって負けてねーぞ!」
「みんな〜、早く早く〜」
「コレット早っ! もう着いたの!?」
「み……水が。水が、はい、はいって、」
「先生、手を! 引っ張りますから! 首絞めようとしないで!」
首にしがみつこうとしてくるリフィルさんの手を掴んで、ものすごくキツイけれど片手で櫂を操ってなんとかたらいを進める。
やっとソダ島の桟橋が見えた時には、もう膝下まで浸水してしまっていたけれど、今さら止まれない。とにかく前だ、前に進もう。最悪彼女だけ残してわたしはたらいを押して泳ぐ方向にしよう。
そうやってひいひい言いながら、それでもなんとか到着したわたしたちは、二人して這うように桟橋に上がる。ああ、たらい、意外にも最後までもってくれてよかった。完全に沈み切ることはなかった。よかった。
……でもこれ、帰りもやらなきゃいけないんだよね……
帰りは最初からリフィルさんだけ乗せて泳いで帰ろう、と心に決めた。