35-1

見せてもらった再生の書に記載されていた封印は、全部で四つだ。
火のトリエット砂漠、水のソダ島。ここまではすでに解放した封印だ。
そして残るは、言い回しからして風の精霊の封印と、もう一つの謎の封印。最後のものは、続きが壊れてしまっていてほとんど読めなかったのだ。
だからもちろん、他にもまだ存在している可能性はある。けれど、最低でも四つの封印があることははっきりとしたし、これまでの封印がそれぞれ精霊の伝承と密接に関わっていたこととレミエルさまの発言から、風の封印がアスカードにあるのだろう、とあたりをつけて。
そうして、謎の場所はおそらく、マナの守護塔だろうと推測することができただけ、大きな進歩だ。頑張ってたらいを渡って、像を回収しただけはある。

ということで、まず先に訪れたのは遺跡の町アスカードだ。
この地の近くに風の封印があるはず。とはいってもこれ以上のことはわからないので、やっぱり情報収集しながら旅をすることに変わりはない。……おおよその推理と、それからリフィルさんの強い希望によって、わたしたちはこの町の観光名所にもなっているほど精霊と関係のある遺跡である石舞台へと向かった。

「おお……アスカード遺跡だ」

石舞台が近付くにつれてどんどん駆け足になって、最終的に一人走り出していたリフィルさんが、階段を上り切ったところで興奮を滲ませた声で呟く。
すごい。息切れすらしていない。彼女はしばらく目の前にある石舞台の材質をじっくりと眺めた後、くるりとロイドに向き直った。

「ロイド、この遺跡の歴史的背景を述べよ」
「え、え? ええっと……」
「クレイオ三世が一週間続いた嵐を鎮めるため、風の精霊に生け贄を捧げる儀式を執り行った神殿」
「……です」
「ああ……貴様はこの五年間、一体何を習ってきたのだ!」
「図工と体育と……」
「もういい! 素晴らしいフォルムだ。これが……」

ぺらぺらと解説を始めるリフィルさんに、ロイドはげんなりと肩を落とす。まあ、興味が無かったら、どうしても解説なんて退屈だよね。
わたしは基本的に文字の勉強が多くて、一般常識として世界再生と勇者ミトスの授業しか受けなかったけど、結構本格的に歴史の授業してたんだな。わたしは基本的な文字を覚えるのでせいいっぱいだったし、ロイドが持って帰ってくる宿題も楽しい算数シリーズだったから、ちょっとわかんなかったけど。イセリアってそれなりのレベルの勉強ができるところだったのかも。

「……なあジーニアス。こんなときまで勉強する必要、ないと思わないか?」
「ボクは勉強、好きだけどね」
「凄まじい執念だな。よほど遺跡が好きなのか、それとも何かあったのか……」
「勉強になるねえ! 先生、難しかったのでもう一度説明してください」
「フ……いいだろう」
「無限ループって怖くね?」
「すげー怖い」

まったく同じことを説明し始めた彼女に、思わずため息を吐く。
歴史は嫌いじゃないけど、これをずっと聞いていたいわけではない。わたしとロイドは目配せをすると、そっとみんなの傍を離れた。
実物が目の前にあるのだから、座学で説明を聞くよりも、自分の目で見た方が勉強になる。そう言い訳をして、せっかくだからと二人で遺跡の裏側へ回ってみた。あんまりぺたぺた触るのはだめかもしれないけど、どれくらいの広さなのかな、と歩数を数えながら石舞台の裏側まで来たところで、しゃがみこむ二人組を見つけて、わたしたちは足を止めた。

「いいかライナー、これが俺の発明品“ブレイカー”だ。これを使えばこんな忌々しい石舞台など簡単に壊せる」
「し、しかし、ハーレイ……これは貴重なバラクラフ王朝の遺跡だ。それを破壊するなんて……」
「何言ってんだ。このままだとアイーシャは殺されるかもしれないんだぞ」
「何してるんだ、お前ら」

何かをひそひそと話している姿に訝しんでロイドが声をかけると、二人は文字通り飛び上がるように驚いてこちらを見た。
たぶん、二人で見ていたのだろう。彼らの足元には、時計のようなものを付けた小包くらいの何かが置いてある。

「……な、なんだお前らは」
「ち、違いますよ! ボクたちは別に遺跡を破壊するつもりなんかじゃないです!」

おいおいなんてことを。というか聞いてもいないのに答えるなんて素直な人だな、と、確かライナーさんと呼ばれていた人を見ながら思っていると、石舞台の上からだ音が聞こえてきた。
どたどた。それは、足音だ。顔を上げれば、ちょうどリフィルさんがもの凄い形相で石舞台から飛び降りてきた。すごいな、向こうまで聞こえてしまったらしい。

「……今、なんと言った?」
「先生ー、こいつら石舞台を破壊させるんだってさ」
「貴様らそれでも人間か!」

ロイドが告げ口すると、すぐにリフィルさんはライナーさんとハーレイさんを蹴り飛ばす。
容赦も躊躇いもない。綺麗に蹴り倒された二人だが、ハーレイさんの方はすぐに立ち上がると、何をするんだと反論した。

「俺はハーフエルフだ!」
「……それがどうした? お前たちにはこの遺跡の重要性がまるでわかっていない!」

カチッと音がする。
リフィルさんが振った腕に当たった、あの小包のような何かの時計が、カチコチと動き出す。
これってもしかして、とハーレイさんを見ると、彼も焦った様子で何度もうなずいた。

「……あ」
「この遺跡を破壊するだと? いいか、この遺跡はバラクラフ王朝の最盛期に……」
「先生、リフィル先生」
「なんだ、質問なら後で受け付ける」
「爆弾の、スイッチが入った」
「質問なら後で……なに?」

そこで彼女はようやく手元のそれを見る。
さっき、腕に当たって、何かの時計。彼らの様子を見るに、間違いなくこれが件の爆弾だろう、というそれは、刻々と爆発までの時間を刻んでいる。……そう、勢い余って、爆弾のスイッチが入ってしまったのである。
それを見て、爆発させたかったはずのハーレイさんが、自棄になった様子で高らかに笑った。

「女! お前のせいでスイッチが入ってしまったのだ!」
「人のせいにするな!」
「そんなことより解除しないと!」
「解除スイッチはないのか?」
「そんなものあるか!」
「えばるな!」
「仕方ねえ、俺が解体する」

話の最中に二回も蹴り飛ばされれば、ハーレイさんもついにその場に座り込む。
うーん、コントみたいだ。その間にもロイドはてきぱきと爆弾を弄って、あっさりと解体してしまうと、不安を煽っていたあの時計の音が止まった。

「へえ、お前、器用だな。制御不能のブレイカーを止めるとは」
「制御できないもん作るなっつーの」
「……遺跡は傷ついていないようだな」
「こら、お前たち! 石舞台は立ち入り禁止だ!」

石舞台の向こう側から、老人の怒鳴り声が聞こえる。
それに二人はさっと表情をひきつらせて、わたしたちを置いて一目散に駆け出した。

「いけません、町長です!」
「やべえ、逃げるぞ!」
「先生、俺たちも行こう!」
「でもまだ……」
「いいから!」
「ああっ……もっと調べたかった……」

ごねる先生を引きずって、急いで階段を駆け下りる。立ち入り禁止だ、なんてどこにも書いてなかったけれど、町長らしき人がそうだと言うならそうなのだろう。
先に石舞台を離れていたみんなと階段の下で合流して、けれど未だに熱の冷めないリフィルさんをなんとかなだめようとして。とりあえず、石舞台を破壊しようとしていた理由はなんだろうね、と意識を誘導すれば、彼らを問いただそうと、リフィルさんもようやく石舞台に背中を向けてくれる。
なんだか生贄みたいにしちゃったけれど、実際、遺跡を破壊してしまうのはあまり良くないことだ。ざっと見たところ、石舞台には神託の石板もなかったし、情報収集も兼ねて、わたしたちはあの二人組の家を探して歩き出した。