35-2

力強い、風が吹いた。
石舞台の上を通る風が、わたしたちの服を揺らす。
その風の中に、ほのかに甘い香りがしたような気がして、これがリフィルさんの言っていたマナの匂いかな、なんて思った。

「姉さん……本当に大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。ジーニアス。わたしたちもちゃんといるしさ」

アスカードの石舞台で、風の精霊に舞を捧げる儀式が行われる。
遠い昔から引き継がれてきたその舞と儀式は、けれど、ライナーさんが解いてしまったという封印から現れた精霊によって、踊り子という生け贄を捧げるものになってしまったのだと、町の人々は言った。
今回選ばれた生贄が、彼らが石舞台の裏で言っていたアイーシャさんという、ライナーさんの妹であるらしい。
彼女を死なせたくなくて、ハーレイさんは爆弾なんてものを考えた。ちょっと乱暴で強引だけど、大事な友人を失いたくないと思う気持ちはわかる。でも石舞台を破壊されるわけにはいかない。だから、それを聞いたリフィルさんが提示したのは、次のことだった。

「解かれてしまったという封印が本当に精霊のものなのか、まずは確かめなければいけないわ。もしも本当だというのなら、精霊が求めている生け贄とは、マナの神子を示しているのかもしれない。……であれば、この儀式にはアイーシャさんではなく、私たちが参加するべきよ。踊り子は私が務めましょう」

確証の無いことにコレットを参加させるのは危険だ、と言って、アイーシャさんから儀式の手順を教わったリフィルさんが、今、町の人たちに見守られながら石舞台に立つ。
踊り子の礼装を纏い、決められた手順でその上を歩く彼女は綺麗だ。そうして儀式の最後の仕上げをすれば、石舞台が輝いて何かが現れる。
風を纏ったそれは、だが、精霊なんてものよりもずっと禍々しいような気がした。

「娘を貰い受けに来た」
「……違う。違います、先生! それは邪悪なもの。精霊でも、封印の守護者でもない」

コレットが言い終わる前に、ロイドが石舞台に駆け上がった。
先生へ腕を伸ばそうとした魔物より先に、強く地面ごと斬り付ける。

「剛・魔神剣!」

わたしも後に続いて、強く帯をしならせた。だいぶ戦いにも慣れてきたので、いつもより多く回転しながら追い詰めていく。
そして、先生の光の魔術が、魔物を捕らえた。

「旋幻舞!」
「光よ……フォトン! まだ終わらなくてよ!」
「煌めけ、明星!」
「ブレイブヴェスペリア!」

光を帯びた帯で打ち上げ吹き飛ばし、強く叩き付ける。
やがて魔物は溶けるように消えると、その場に石版をごとりと落とした。

「なにこれ……石版?」
「素晴らしい! リフィルさん、素晴らしいです!」
「ふふ……あの程度の敵など大したことはない。そんなことより」
「あっ」

ひょっとしてこれが神託の石板だったりして、と拾い上げてみるけれど、じっくりと見る前にリフィルさんに横から奪い取られる。
だがもう彼女の目には石板しか映っていない。わたしが拾っていたことなんて気付いてもいないかもしれない。鼻息荒くそれを見た彼女は、先ほどまでの踊り子としての神秘的な美しさなどどこにもなかった。

「これには古代バラクラフ文字が書かれているな」
「家に資料が揃っています。さっそく解読しましょう!」

早口にまくし立てて、ライナーさんとリフィルさんは石版を持ったまま走り出す。
もう、わたしたちのことなんて、眼中にない。置いてけぼりだ。残ったわたしたちの間を、なんとなく間抜けな風が吹き抜ける。

「……行っちゃった」

小さく呟いてから石舞台を降りる。他のみんなもとっくに石舞台から降りていたし、見ていた町の人たちも戻っていったみたいだ。
残っていたのは、同じく置いてけぼりになったアイーシャさんとハーレイさんだけ。彼らもようやく我に返ったようで、急いでこちらに駆け寄ると、深々と頭を下げてきた。

「あ……ええと。ありがとうございました」
「さっきのあいつ、風の精霊じゃなかったんだな」
「正体はきっと姉さんとライナーさんが調べてくれるんじゃないかな」
「そうだな。あのリフィルってやつハーフエルフだしな。知識は確かだろう」
「ち、違います!」

ジーニアスが強く声をあげる。

「姉さんは……エルフです。ボ、ボクもエルフです!」
「おいおい、この俺が同族を間違えるわけが……」

あ、と思った。
けど、何も言えなかった。
わたしは、この姉弟がエルフであると、聞いているけれど。実際がどうかは、確かめようがないので知らない。耳の形を見ればわかる場合もあるらしいけれど、二人とも耳が隠れるくらいに髪が長いから、わからない。
わからないけど……それを、知ろうとしてしまうのはダメだって、わかっている。

かつて。
かつての時代で迫害されていたハーフエルフは、今の時代では畏怖の対象である。
ある意味では、昔ほど拒絶されているわけではないのかもしれない。でも、ディザイアンと同じ生き物だと言って拒否感を示す人はいるし、地域によっては昔以上に虐げられている可能性だってある。たぶん、自分をハーフエルフだと名乗ったハーレイさんのように堂々としているハーフエルフの方が、ずっと少ない。
……二人と旅をしていた時も、そうだった。隠さないといけない理由を、わたしは知っていた。
だから、わたしは今の話に、何も示さないことにする。ハーレイさんも、にっこりと笑って、そうみたいだ、と言った。

「いや、違うな。あんたたちはエルフみたいだ俺の勘違いだ。悪かったな。アイーシャ、帰ろうぜ」

ぽんと彼女の肩を叩いて、ハーレイさんたちも階段を降りていく。
どことなく気まずい空気の中、誰もいなくなったのを見て、ロイドがんーっと大きくのびをした。

「あーあ、疲れた。俺たちも帰ろうぜ」
「宿をとるとするか。バラクラフ文字の解読は当分終わるまい」
「あっじゃあさ、あの宿がいいな。ほら、すげーでっかいかざぐるまが回ってたとこ」
「風車でしょ、ロイド」
「どう違うんだよ。同じだろ?」
「……まあね」

かざぐるまは羽根車を使ったおもちゃで、風車は羽根車を使った装置です。
だからちょっと違うんだけど、まあ、いいか。
いつものちょっと抜けた会話で、いつもの日常に、いつも通りに戻る。
……それも、大事なことだって、知っているから。