「ロイドなら、コレットと一緒にお散歩ですよ」
夜営の最中、きょろ、と辺りを見ていたクラトスさんにそう話しかける。
体調が落ち着いたコレットが一人周囲の散歩に出るのは、もはや恒例だ。少し体を動かした方が体にいいと聞くし、夜営の明かりが見えないところまでは行かないようだから、わたしたちも好きにさせている。
今日はそれにロイドもついて行ったようだと教えれば、彼は「そうか」とだけ言って隣に座り込んだ。
ふと、その手に細い鎖がかかっているのが見えて、ああ、ロイドが壊して直したペンダントのお礼でも言おうとしたのかな、と思った。稽古中に落ちたそのロケットペンダントの中身を見ようとして、喧嘩みたいになってしまったのだとわたしに報告に来て、ペンダントを直しながらどう謝ればいいか、練習に付き合ったので覚えている。
「それ、ロイドが言ってたペンダントですか?」
「ああ」
「最近の二人は親子みたいで、なんだか微笑ましいですね」
「……親子?」
「あ、いや、すみません。年の離れた兄弟の方がしっくりきますよね」
「いや……」
べったりなわけじゃないけど、互いに信頼をよせる様子が親子みたいだと思って言ったけれど、父親、と言われるのは複雑かもしれないと思って慌てて言葉を付け足す。
そもそもクラトスさんは二十八才でロイドは十七才。親子よりも兄弟の方が似合うだろう。それに、もういないみたいだけど、妻子持ちらしいから、あんまりこの話題はよくなかったかもしれない。
ちらりと見たクラトスさんは相変わらず黙り込んだままで、何も言わない。気まずい。
「……ナギサ。聞きたいことがあるのだが」
「へ? あ、はい。なんですか?」
「お前がたまに話す、ミトスという人物についてだが……その者は、今は?」
突然投げかけられた質問に、一瞬きょとんとする。
どうして急に、と思ったけれど、言われて見れば確かに彼にはミトスくんの詳しい話をしていないことに気付いた。
そういえば、わたし、しょっちゅう二人のことを思い出して懐かしんでるし、ロイドたちにも二人の……主にミトスくんの話をしている。ちょっとしすぎかな、と思って一時期は堪えていたんだけど、大事な人のことを忘れるなんて寂しいことするなよ、と言われて、もう開き直ってばんばんしている。
イセリアのみんなにとっては共有事項だから、全然意識していなかったけれど。わたしの事情も何も知らないクラトスさんからしてみれば、急に知らない名前が出てくる、ということで不思議だったのかもしれない。
うーん、気遣いも何も足りなかったな。今さら反省して、わたしは曖昧に笑った。
「たぶん……もう、とっくの昔に」
「そんなに昔の友人のような口振りではなかったようだが」
「あ、ええとですね……まず、前提がちょっと、ややこしいんですけど」
わざわざ人に言って回ることじゃないし、というか、説明することすら忘れていたけれど。まあ、クラトスさんなら話したって構わないだろ。そう判断して、わたしは自分が異世界から来たこと、最初は古代の時代にいたけれど、大怪我をして時代も場所も超えてイセリアの近くに飛んでしまったことを簡単に話した。
黙って聞いていたクラトスさんは、なるほどな、と何かに納得したようにうなずいた。
「……なるほど。お前に感じた違和感はそういうことだったのか」
「エルフやハーフエルフと言っても、千年くらいしか生きられませんから。だからきっと……先にいなくなったわたしが言うのもなんですけどね」
ミトスくんたちが死んでしまった世界を悲しいと思うのは、ずるい、と思う。
だって最初に、わたしが彼らを置いてきたのだ。一緒にいようって約束したのに、わたしは一人でいなくなってしまった。
わたしがいなくなった世界を、ミトスくんたちに与えてしまった。それなのに、二人が傍にいないことを嘆くのは、きっと身勝手でずるいことだ。
「……私にはかつて、私を師と呼んだ者がいた」
いろいろと整理をつけたようで、何も割り切れていないなあ、と自嘲していれば、ぽつりと、クラトスさんが呟く。
彼の、弟子の話。それがどんな人なのかは知らない。ロイドからも聞いていないから。でも、その話をする彼は、いつも通りの表情のようで……いつもより、ひどく、痛みに耐えているような顔をしているように見えた。
「私は彼が苦悶の末に堕ちていくのをどうにも出来なかった。彼と共に、同じ世界を目指したというのに。私は支えてやることができなかった。妻のこともだ。私は守ってやることが出来なかった。何に変えても守ると誓ったのに、だ」
ぎゅ、とずっと大事に持っていたペンダントを握る。そこには、彼の最愛の家族がいるのだろうか。彼が置いてきてしまった大事なものが、そこにあるのだろうか。
彼は、絞り出すように、小さく言葉を口にする。
「我々は……どうしても、間違い続ける」
後悔を、しているのだろう。
この人もずっと、わたしよりもずっと、後悔をしながら、生きてきたのだろう。
ああすればよかった、と過去を嘆いた。もう少し、出来ることがあったんじゃないかと、もう今さら変えられない結果について何度も何度も考えた。
それで、どうにもならないって、諦めて。諦めたくせに、でも仕方なかったよね、と、納得しきることもできずに、宙ぶらりんなままとにかく足を動かしている。
……違う人を頭に思い浮かべながら、わたしたちはきっと、同じ後悔をしている。
あの時、最初からミトスくんと一緒に行動したらよかった。ううん、それ以前にもっと前、里を出ることになる前、あんな風に怒ったりしなければ、きっとわたしたちはまだ、あの里で三人で暮らしていられた。
そうしたら、一緒にいようという約束も、守ってあげると言ったことも、いつか聞いてあげると言った言葉も、約束も。きっとわたしは、叶えてあげることができたはずだった。
どの約束も守れなかったわたしを、ミトスくんとマーテルさんはなんて思ったのだろう。
怖いな。泣かれていたら嫌だな。でも泣いてほしいな。そうして、また、前を向いてほしいな。二人はとても、強い人、だったから。そんな人を悲しませてしまっただろうこと、ずっと許さないでほしいな。
「それでも……だからこそ。今度こそ、約束したことを守りたい。わたしはもう、約束を破りたくない」
ぎゅう、と胸元を握り締めてそう呟く。
自分に言い聞かせるように、目を閉じる。
もう、何も変えられないからこそ。あの頃に戻れないからこそ。間違えてしまうことを、何度も繰り返してしまうからこそ。せめて、少しでも、一つでも多く。進むしかない。
「わたしはまだ、二人のことを覚えているから。二人とした約束を破ってしまっても、まだ……まだ、わたしは、覚えているから。今出来ることを、していきたいって、思います」
ミトスくん。マーテルさん。二人と一緒に夢見た世界を、わたしはまだ忘れていない。その夢は、きっと今でも追いかけられる。
ロイド。コレット。ジーニアス。リフィルさん。クラトスさん。今一緒に旅をするみんなとした約束だって、なんだって。もうこれ以上、手から零れ落としたくない。
……こうして、わたしが今、彼らとの思い出や約束を支えにしているように。あの二人も、少しでもいいから。一瞬だっていいから。わたしと出会ったことを思い出して笑ってくれたら、きっとそれだけで、わたしは頑張れる。
「間違えたって、何もできなくたって。……それでも、わたしたち、生きていくしかないんですよ」
「……そうか」
静かに呟いた彼の表情は、見ることができなかったけれど。
きっと彼も、彼の大切な人のことを考えているのだろうなと、そう思った。