「お前! こんなところまで!」
壊れて水の溢れた噴水の前で、ボロボロの格好でうずくまっていたその人を見て、ジーニアスが声をあげた。
その人……しいなちゃんはわたしたちに気付くと、疲れきった表情で薄く笑った。
「どうしたんだ? 傷だらけじゃないか」
「……あんたたちか。今ならあたしにトドメを刺せるよ。今のあたしには、戦う力は残ってないからね」
ボロボロの彼女に近付くと、体のあちこちに切り傷や痣が散っていて、酷いなんてものではなかった。腫れてしまっている箇所もあるし、きっと骨が折れてしまっている部分もあるのかもしれない。
なんとか笑ってみせているけれど、彼女の言葉通り、戦う力どころか、動くことすら出来ないのだろうと、見るだけですぐにわかった。
「ひどい怪我……先生! 手当てしてあげて!」
「……そうね。でもその前に何があったのか教えてほしいわね。仲間がいるようだし、これが私たちを油断させる罠じゃないとは言い切れなくてよ」
「先生!」
用心深いリフィルさんに、コレットが悲しそうに名前を呼ぶ。
だが、しいなちゃんも助けてもらえるとは思ってないのだろう。それどころか、強気に鼻で笑って、挑発するようにリフィルさんを見る。
「はっ! 見てくれ通り、陰険な女だね」
「陰険で結構」
「この町を見てみなよ。何もかも、めちゃくちゃだ。攻め込まれたのさ。ディザイアンにね」
「なに……」
「ここから北東に、人間牧場ってのがあるのを知ってるかい? ここの奴らはそこから逃げ出した奴をかくまったんだよ。それがバレて全員強制的に牧場送りの上、町は破壊されちまったのサ」
「それじゃあ、その怪我は……」
「なんでもないよ。ちょっとドジっただけさ」
「うわわっ助けてくれ!」
話を聞いてる途中で悲鳴が聞こえてきた。
まだ、彼女の他にもディザイアンから逃げおおせた人がいたのだろう。それは教会の祭司の服を着ていて、悲鳴を上げながらこちらへと逃げてくる。またディザイアンが来たのかと身構えて、だがその後ろから現れた姿に息を飲んだ。
祭司を追っているのは、ディザイアンではない。見上げるほどの巨体にひしゃげた四肢。頭部で光る石。それから……見覚えのある淑女の服。
「あ、あれはクララさん!?」
「こんなところまで逃げていたのね!」
パルマコスタからルインまでかなり距離があるが、クララさんはここまで逃げてきていたようだ。
クララさんである、ということに思わず攻撃を躊躇ってしまうが、しいなちゃんはクララさんを知らない。
だから傷だらけの体で無理やりに立ち上がって、祭司とクララさんの間に立ちふさがった。
「やめろ、この化け物!」
「落ち着いて、クララさん!」
コレットが叫ぶが、クララさんはしいなちゃんを強く突き飛ばす。
それ以上の攻撃はしないで再び逃げ出してくれたが、それでもしいなちゃんへのダメージは大きい。
先ほどまでの怪我も悪化して、だらだらと血が流れているのが見えて息を飲んだ。
「この娘、出血が酷いな」
「本当だ。先生! こいつを手当てしてやってくれよ」
「先生! お願いします!」
「……わかりました。本当に、みんなお人好しすぎるんだから」
大きくため息を吐いてから、リフィルさんは杖を翳す。
淡い光が彼女に溶け込んで、傷を癒やしていく。
体が楽になったことを感じたのだろう。しいなちゃんはそっと目を開けて、それから戸惑うようにわたしたちを見回した。
「……なんで、あたしを助けたのさ」
「たぶん、あんたがあの人を助けたのと同じ理由だよ」
「……あ、ありがとう」
小さく、だがはっきりと礼を言う。
それから少しの沈黙の後、決意したように顔をあげた。
「虫のいい話かもしれないけど、あんたたちに頼みがあるんだ。この町の人には一宿一飯の恩義があるんだ。たのむ。この町の人を助けてあげてくれよ! そのためなら、あんたたちと一時休戦して、協力してやってもいい」
命を狙ってきたくせに、怪我の治療をさせて、さらに助けを求める。確かに虫のいい話だと思う。実際、リフィルさんは顔をしかめた。
だが、やはりというかなんというか。それを聞いたロイドは真剣に頷いてみせるし、わたしたちも、その申し出を断る理由を見つけられなかった。
「わかった」
「ロイド、本気なの?」
「私も賛成」
「コレットまで!」
「お前らは?」
「構わんだろう」
「一宿一飯の恩義だけでここまでやるなんて、よっぽどのお人好しだしね」
「えっと……姉さん……ごめん!」
リフィルさんにはちょっと申し訳ないけど、やっぱり悪い子とは思い切れないのでロイドの意見に頷く。
自分以外が彼女の参戦に異論がないと知って、彼女は頭をおさえてから、仕方ないとため息をついて頷いた。
「もう! いいでしょう、好きになさい。考え方を変えれば、四六時中監視出来るってことだし……」
「ふん。あんたこそ寝首をかかれないように気を付けなよ」