38-2

人間牧場の奥へと走って、わたしたちは唐突に足を止めた。
誰かが立ち止まったからじゃない。
自然と足が止まってしまったのだ。
目の前に見える光景に、走ることはおろか、歩き通り過ぎることなど、出来なくなってしまった。

「な……なんだ、これは……」

虚ろな目をした人たちが、まるで物であるかのようにベルトコンベアに乗せられている。大きな機械に向かって運ばれていく彼らは、身動き一つしない。ただ黙って、運ばれて、そうして、機械の中に吸い込まれていく。
その大きな機械が何かは、わかりたくない。ただ、それは人間を吸い込んだ後、容器に入った何かを再び吐き出して、別のベルトコンベアに乗せていく。……人間を、吸い込んだのに。再び吐き出された時には、もう、人間の形なんてどこにもない。
容器に入ったそれは、ちっぽけな石。
さっき、同じようにベルトコンベアに乗せられて運ばれているのを見学したばかりの、石ころと変わらない大きさのそれ。
エクスフィア。

「培養体に埋め込んだエクスフィアを取り出しているんですよ」

クヴァルの声がした。
それでようやっと体が動かせるようになって、わたしたちはそれから目をそらした。
人が食われて、石ころに変わる光景から、やっと。

「まさか、エクスフィアは人間の体から作らているの?」
「少し違いますね。エクスフィアはそのままでは眠っているのです。奴らは人の養分を吸い上げて成長し、目覚めるのですよ。人間牧場はエクスフィア生産の工場。そうでなくては、何が嬉しくて劣悪種など飼育しますか」

吐き捨てるような言葉に、思わずゾッと背筋が冷えた。
だって、そんなの。本当に、文字通りの「牧場」じゃないか。人間を、同じ言葉を交わすことのできる生き物だと認識せず、家畜として育て消費することと同じだ。
けれど、畜産業の人と違って、彼らは出荷する人間には何も思い入れをいれていない。ただ、消化するだけの、面倒な生き物だと……生き物ですらないと軽蔑するような表情に、ただただ恐ろしくなってしまった。

「ひ、酷い……」
「酷い? 酷いのは君たちだ。我々が大切に育てあげたエクスフィアを盗み、使っている君たちこそ、罰せられるべきだろう」

クヴァルが軽く指を鳴らせば、再びディザイアンたちがわたしたちを囲む。
この先は行き止まりだ。ここを逃げるには、クヴァルを押しのけるしかない。もう逃げられない。

「くそ! 囲まれたか!」
「ロイド。君のエクスフィアはユグドラシルさまへの捧げ物。返してもらいましょうか」
「ユグドラシル……それがあなたたちのボスなのね」
「え、ユグドラシル……?」

こんな最中で突然聞こえてきた懐かしい名前に、思わず声を出してしまう。
……きっと、関係はない。偶然だ。だってきっと、あの子たちが本当に歴史に名を遺したなら、世界を救った勇者と女神の方だから。だから、彼らと同じ名前をしていても、関係はないと思うけれど。でも、ここにきて、わたしが大事にしていた二人に関する名前のすべてが出そろってしまって、ぎゅうっと胸が痛んだ。
でもわたしの動揺なんて、この場には関係ない。

「その通り! 偉大なる指導者ユグドラシルさまのため。そして我が功績を示すため、そのエクスフィアが必要なのですよ!」
「またか! 俺のエクスフィアは、いったい……」
「それは私が長い時間をかけた研究の成果。薄汚い培養体の女に持ち去られたままでしたが、ようやく取り返すことができます」
「ど、どういうことだ? 培養体の女って、まさか……」

興奮した様子で語るクヴァルの言葉に、ロイドの声が震える。
クヴァルはそれを見て、それはそれは満足そうに、嫌みったらしく笑った。

「……そうか。君は何も知らないのですね。そのエクスフィアは母親の培養体A012、人間名アンナが培養したものです。アンナはそれを持って逃走した。もっとも、その罪は死で贖いましたがね」

ぎゅっと、思わず拳を握ったのはわたしだけじゃない。
息子であるロイドは唇を戦慄かせて、怒りを滲ませて、強くクヴァルを睨んだ。

「お前が母さんを……!」
「勘違いしてもらっては困りますね。アンナを殺したのは私ではありません。君の父親なのですよ」
「嘘をつくな!」
「嘘ではありません。要の紋がないままエクスフィアを取り上げられたアンナは怪物となった。それを君の父親が殺したのです。愚かだとは思いませんか」
「……死者を愚弄するのはやめろ」

クラトスさんが低く告げる。
低く。恨むように。アンナさんを殺してなお嘲る彼を許さないと睨みつける。

「くくく……! 所詮は二人とも薄汚い人間。生きている価値もないウジ虫よ」
「……くっ! 父さんと母さんを、馬鹿にするな!」

ロイドがそう飛び出そうとするが、すぐにディザイアンが放つ魔術でそれを止められる。
この数に囲まれた状態では、相手に一太刀だって浴びせられそうになかった。悔しさに震えるロイドを押しのけて、しいなが一歩前に出る。

「ここはあたしに任せな! ……おじいちゃん。最後の一枚、使わせてもらうよ」

そう言って、一枚の札を構える。
その前で印を組むと、それは緑の式神へと姿を変えた。
式神が吼えたその瞬間、体が宙に浮いたような感覚を覚えて……次の瞬間には、わたしたちは牧場の外へと投げ出されていた。
全部、振り出しに戻っていた。