「……エクスフィアが、人間の命からできてたなんて」
「これ、マーブルさんの命なんだ……」
一度体制を立て直そう、とルインまで戻って、夜営の明かりに照らされながら、みんなは自分が装着しているエクスフィアを見ていた。
イセリアを旅立つ前から。旅立った時から。旅の途中で。それぞれの場面から使い続けることになった、もうずっと一緒に旅をしていた、綺麗な宝石。
悪魔の種子と呼ばれるもの。人体にとっての毒。潜在能力を引き上げる道具。
見知らぬ誰かの、命。
当たり前に使っていたものの正体を知ってしまって、どうしたってショックで、動けなくなる。今までは綺麗だなと思っていた宝石が、急に恐ろしく、おぞましい何かに見えてくる。ただの認識の問題だ。エクスフィアは最初からエクスフィアでしかなくて、わたしたちが無知だっただけ。そうわかっているけれど、そうやって簡単に感情を切り替えられるような人間は、そんなにいない。
ルインに戻ってからずっと無言だったロイドも、ぐっと表情を歪ませて。そのまま左手のエクスフィアを掴んで取り出すと、まるで投げ捨てるようとするみたいに拳を振り上げた。
「こんなもの……こんなもの!」
「待ってロイド。これを取ってどうするの? このエクスフィアは、ロイドのお母さまの命でもあるんだよ?」
「でもこんな、人の命を弄ぶようなもの!」
「しかしこれがなければ、我々はとうに負けていた」
「わかってるよそんなもの!」
「本当か? 今エクスフィアを捨てて、無事にこの旅を終わらせることが出来ると思っているのか?」
コレットとクラトスさんに止められて、本当に放り投げることはしなかったけれど。でもロイドは、やり場のない感情を吐露するように、衝動のままに怒鳴った。
今にも泣きそうな顔でエクスフィアを握り締めて、泣きそうに顔をゆがめて。苦しそうに、苦しそうに、言葉を吐き出した。
「そうだよ! これが無けりゃ、俺たちはただの弱い人間だ。これがあるから戦える。そんなことわかってる。でもエクスフィアは、確かに誰かの命を食らってここに存在してるんだ!」
「それがどうした。犠牲となったものも好きで犠牲になったわけではないし、エクスフィアとなった挙げ句、捨てられることを望んでいるわけでもない」
「私、自分がエクスフィアを使っていないからこんなこと言うのかもしれない。でも聞いて。今エクスフィアを捨てたら、ディザイアンに殺されちゃうかもしれない。そしたら、これからもこんな石に何人もの人が殺されちゃうんだよ」
ぐっと、コレットがロイドの握りしめた拳に触れる。そんな未来の方が耐えられないと、ロイドの目をまっすぐに見つめた。
……エクスフィアを作るために、人の命が使われている。人間牧場に連れ去られて、いつ暴走して怪物になるかもわからないようなものを付けられて、労働を課せられて。そうして、最後にはエクスフィアの養分になって、死ぬ。
ううん、マーブルさんとクララさんを見る限り、きっとエクスフィアを埋め込まれた時点で、もう、死んでしまうことは避けられないのだろう。逃げ出せたって、要の紋がなければ、いつまでも爆弾のように残り続ける。
……たぶん、ロイドのお母さんも、そうだったのだろう。きっと二人、牧場から逃げ出して。幸せになろうとして。愛し合って、子供も生まれて。けれど、エクスフィアが、彼女を怪物に変えてしまって。……それを、ロイドのお父さんが殺した。殺すしか、なかった。
たった一つ。たった一個の、手のひらに収まってしまうような、小さな石。要の紋もなしに無理やり埋め込まれたエクスフィアのせいで、わたしたちの知らない人も、知っている人も、みんな、殺されている。
「私、そんなの嫌だよ。何のために世界再生の旅に出たのかわからないもの」
「コレットの言う通りだ。エクスフィアを捨てることはいつでもできる。だが今は、エクスフィアとなった人の思いを背負って戦う必要があるはずだ。お前はもう、迷わないのではなかったのか?」
コレットとクラトスさんの二人に諭されて、じっとエクスフィアを見つめていたロイドが強く目を閉じた。
ぐっと両目を閉じて、沈黙して。深く、深く息を吐く。
「……わかった。悔しいけど、クラトスの言う通りだ。こいつには、母さんの無念も宿ってるんだもんな」
そう静かに言ったロイドは、落ち着いて冷静になったというより、たくさんの感情が溢れ過ぎて、上手に発露できずにいるように感じた。
激情の中で、彼が何を思っているかはわからない。その中には彼らしくない憎悪もあるかもしれない。悔しいとか悲しいとか、きっといろんなものが渦巻いている。それでも彼は、ロイドは、もう真っ直ぐな瞳を取り返して、焚火を睨みつけた。
「もう、マーブルさんや母さんみたいな人を増やさないためにも……コレットを手伝って、この左手に宿る母さんの分まで……戦ってやる」
「……うん。ボクも、マーブルさんの分まで頑張る」
「私も。早く世界を再生する」
わたしの手元にはないエクスフィア。
使えたらなって、一度も思わなかったと言ったら嘘になる。でも今は、使わなかった自分に安心してる。
そんな、本当はずるくて臆病なだけのわたしは、それでも苦しんだ果てに石ころに変えられる人々が哀れだと思った。可哀想で見ていたくなくて、もうこれ以上そんな人を出したくない。本当にそう思ったから。
「エクスフィアになった人たちは……怖かったよね。痛かったよね。つらかったよね。わたしにはそれをわかってあげることも、代わってあげることも出来ないから……少しでもそんな人が減るように、戦うしか、ないんだよね」
「人は業が深い生き物ね。生命は生命を犠牲にしないと生きていけない。それなら生きている限り……業を背負い続けましょう」
「生命は生命を犠牲にする、か。うまく言えないけど、エクスフィアの犠牲になった人たちは、それとは少し違う気がするよ……違うから許せないんだ」
だからわたしたちは、戦うしかない。
こんな、常にどこかが誰かが苦しむばかりの世界を、放っておくわけにはいかない。
全部が全部、丸ごと救えるわけじゃないってわかっていても。世界を再生することで、ディザイアンをもう一度封印することで、エクスフィアをこれ以上量産させないことで。少しでも救われる人がいるのなら。
立ち止まるわけには、もう、いかないのだ。