39-2

「これ、マーブルさんの命なんだよね。ボク、少しだけわかったよ」

ロイドの隣で寝そべりながらジーニアスがそう呟いたのが聞こえて、わたしは思わずそっと聞き耳を立てた。
彼を挟むようにジーニアスとコレットがいる場所は、わたしとは少し離れていたけれど、その声はしっかりとわたしのところまで聞こえてくる。自分の手の甲にあるそれを眺めて、大切そうに撫でて。ぎゅ、と自分の手を抱きしめるジーニアスの声は、静かな夜にそっと響いた。

「エクスフィアから力をもらうとき、いつも、暖かい感じがしてた。マーブルさんはいつも、ボクを守ってくれてたんだ」
「守って……そっか。母さんも、俺を守ってくれてるんだな」
「そうだよ。ロイドとロイドのお母さんの二人分の力だもん。そりゃあ、ロイドの数少ない取り柄になるよね」
「な、なんだとぉ?」
「いててて」

軽く小突くロイドは、もうだいぶ落ち着いたように見える。
実際にはまだ、アンナさんのことでいろいろと思っているのだろうけど……それでも、ああしてジーニアスとやり取りするくらいには落ち着いたようで、ジーニアスもコレットも少し安心したようだった。

「ほら、あなたたちもう寝なさい。明日はハイマに行って、それからまた牧場に行くのですから」
「はーい」

リフィルさんの声に従って、三人ともかけ毛布をかぶって目を閉じる。
明日はそう、ハイマという町に行くのだと、先ほど決めた。アスカード牧場にもう一度行くために、牧場から逃げ出したという人のところに行くのである。彼はルインの人たちに助けられて、しいなちゃんがハイマまで送り届けたのだと、彼女は言っていた。逃げることができたということは、そこから侵入することもできるはず。もう思い出したくもないだろうけれど、力を借りよう、と。
その交渉もしないといけないし、ハイマもそんなに近い場所ではない。さすがに一日で牧場まで行くことはできないだろうが、急ぐに越したことはない。
だから早く寝なくちゃいけない。寝て、しっかり休んで、万全の状態を維持しないといけない。……そうわかっているのだが、ずっと胸に引っかかってるものがあって、なかなか寝付けなかった。

「浮かない顔ね」
「まあ、びっくりな事実でしたから」

寝そべることもできずにぼうっとしているわたしの隣に座ったリフィルさんに、わたしはとりあえずそう言って笑う。
本当はそれだけじゃないけど、エクスフィアのことがショックだったのも事実だ。だから嘘じゃない。

「わたし、エクスフィアを付けてないんです。そのことに凄い安心しました。わたしは、誰かの命を利用してなんかいないんだって」

生きることは奪うことだ。食べることだってそう。わたしたちは生きる限り、常に何かを奪っている。
だから今更、今更だ。でも、安心した。エクスフィアという誰かの命を利用していない自分というものに安心してしまったことに、失望した。なんてずるい人間なんだと、嫌になった。
いつもそう。わたしは、口ばっかり。綺麗事ならいくらでも言えるけれど、それを実行できているのかと問われると、何もできていない。二人との約束も守れなかったし、みんなとの違いをこうしてぐだぐだと羨んでいるし、身勝手に安心しているし。部外者みたいな顔をしながら、部外者になりきれない。中途半端で、最悪だ。

「もうさんざん、誰かの命を奪ってきたのに、ひどい話ですよね。しかも……やっぱり、使ってるみんなが羨ましいって思ってる。わたしは強くないから」

業を背負い続けなければと、先ほどリフィルさんは言っていた。
でも背負うってなんだろう。殺した相手一人一人を覚えておくことなんて、わたしにはできない。彼らの来世の幸福を祈るような余裕だってないし、好きにだってなれない。これまでずっと、虚勢を張って立っていただけ。
未熟どころの話じゃないよ、と、自己嫌悪にうつむけば、リフィルさんは静かに、優しくわたしの背中を撫でた。

「生きるということは、戦うということは、多かれ少なかれ必ず誰かを害してしまう。わかっていても、割り切れないのが人の心だわ。そして、エクスフィアはわかりやすく、誰かの命を奪った結果ということでしかない。……どれだけきれいなことを言っても、戦っているという事実がある限り、私たちは常に誰かを殺しているのよ。大切なのは、奪った命にどう接するかではなくて?」
「どう、接するか?」
「奪うことを楽しむのか、奪ったことを背負っていくのか。これからを、どう生きるのか」

自分がしてきた行為に対して、どう責任を持つのか。
それを考え続けることも、自分が奪ったものに対して、誠実に対応することのはずだから、と。リフィルさんは言う。先生みたいに……いや、先生なんだけど。
その優しい眼差しと、大切な決断はわたしに任せながらも背中を押してくれる言葉に、わたしは少しだけ肩の力が抜けた気がした。

「……ありがとうございます。リフィルさん」
「いいえ。あなたももう寝なさい」