39-3

自分の寝場所に戻っていくリフィルさんを見送ってから、わたしも横になるだけはしようとそこに寝そべる。
かけ毛布をかぶって、丸まって。でも目を閉じる気になれなくて目を開いて、夜空をぼんやりと眺めてみる。満天の星空。きらきらして、そこに飲み込まれてしまいそうなほどの光が、相変わらずそこにあって。ミトスくんたちと見た星空と変わらない空が、いつも通りわたしを見下ろしている。

「……ユグドラシル」

ぽつりと、呟いた。
もう一つ、引っかかっていること。リフィルさんに言えなかったこと。今日聞いたばかりの名前を、誰にも聞かれないように、小さく。

みんなには、ミトスくんとマーテルさんの話を、よくしている。わたしにとって大切な思い出だし、いろんなことがあったし。きっと、もっとのんびりとぼんやりと暮らしていた元の世界の話よりも、たくさんしているだろうという自覚がある。
でももちろん、話していないことだって多い。最初にミトスくんの名前に勇者ミトスを連想されて困惑したことと、女神とマーテルさんの名前が同じだって先に聞いたこともあって、マーテルさんの名前はずっと濁しているとか。彼らの種族については言及していないとか。
彼らのフルネームが、ミトス・ユグドラシルとマーテル・ユグドラシルであることとか。

大樹カーラーン。
勇者ミトス。
女神マーテル。
ディザイアンの主、ユグドラシル。

聞き覚えのある名前が並んでいく。おかしい。どういうことだろう。
ミトスとマーテルまでなら、まあ、偶然同じ名前の人がいたとか、勇者になったミトスくんがマーテルさんのこと大好きだから、力を貸してくれたという女神を「姉さまみたいだった」とか言って、マーテルの名前が変に結びついちゃって、後世に語り継がれちゃった、とか、いくらでも連想して考えられる。
ミトスくんが勇者ミトスかもしれないなと思うくらいには、活躍した年代的にも思想的にも近いものがあるし……でも少なくともこれだけ広がっている女神マーテルの信仰を考えると、マーテルさんと女神マーテルは違う人、だとも思う。全部わたしの推測で、もっと言えば妄想だ。
そして、ここにきて突然出てきたユグドラシルという名前に、わたしは本当に何もわからなくなってしまった。どうして、よりによって勇者と正反対に位置するような場所に、その名前が出てくるのだろう。
偶然なのか、それとも……と考えて、わたしはぶんぶんと首を振って毛布をさらに深く被った。もう頭も体もすっぽり入ってしまうくらいに丸まる。

(ディザイアンのユグドラシル……エクスフィア。きれいな、宝石みたいな、石……)

ぎゅ、と胸元を握りしめる。
その、服の下。そこにあるのは……ずっと、怖くなった時に握り締めてきたそれは、あの日二人に渡せなかった方のペンダントの、土台部分だ。
あの綺麗な石はどこかへ行ってしまった。それ以外にも何も収めていないから、ただのただの鎖みたいなもの。けれど、確かに彼らと一緒に過ごしていたのだと証明してくれる、ロイドたちが拾ってきてくれた、大切なもの。
これを握りしめると、それだけで倒れそうな自分を支えられた気がした。ずっと大事に持っていたそれを服の下から取り出して、静かに視線を落として。わたしは、ぞくりと体が震えるのがわかった。

ユグドラシルという名前だけじゃない。エクスフィアの正体を知ってからずっと、頭の隅っこでちらちらと存在を訴えていること。ミトスくんとマーテルさんに渡したかった……このペンダントに嵌まっていたはずの、綺麗な碧の石。
わたしがロイドたちのところに来る直前に黒髪のハーフエルフ……ちょっとしいなと似てるかな、小さな女の子に預けたそれは、無事に二人に届いたのだろうか。届いたらいいと思っていたけれど、本当に、届いてしまったのだろうか。
今になって、思うのだ。
今になって、見覚えがあるな、なんて思うのだ。
綺麗な小さな石。あの町の周辺で発掘される、人間やエルフやハーフエルフの体を強くするという石。わたしがこの時代に飛ばされる理由になった争いを生んだ、戦争に使うために集め出した、それ。
その名前はもしかして、もしかして、と。今さら。

「あれがもしエクスフィアだったとして……今更だよね。でも、もし……」

もし、わたしが拾った石が、彼らに渡したいと思っていたその石が、偶然拾ったそれが。あの辺りで採れるというそれが、本当にエクスフィアだったとして。
もし、要の紋も無しに二人が装備してしまっていたら。彼らのことを、害していたら。わたしの渡したものが、彼らを苦しめたとしたら。

「ミトスくん……っ」

怖い。恐ろしい。二人を苦しめてしまったのではないかと、恐怖心が込み上げてきて呼吸が出来なくなるような感覚がする。
本当は、今もここにいることが怖い。
ロイドたちは大好きだ。彼らのことを支えたいって思ったのも本当。彼らと一緒にいることで、かつて叶えられなかった約束を少しでもかなえようとしているのも本当。でも、ミトスくんもマーテルさんもいない場所で生きていることが正しいのかわからなくなることがあるのも本当だ。
わたし、彼らがいたから、この見知らぬ世界で生きられたのに。彼らがいない場所で生きていていいのだろうか。
それでも逃げ出す勇気だってないから、大樹の下のマーテルさんとミトスくんを思い出す。みんなが自分らしく生きられる世界を作るきっかけを、その手伝いをしよう。うん、それはきっと、この世界再生の旅についていくことで、叶えられることでもある。エクスフィアなんかに命を奪われたりしない。みんなが、ちゃんと、生きたい場所で生きられる。
そんな世界を実現するために、頑張ろう。必死に瞼の裏に焼き付けて、ぎゅうっと自分を抱き締めるようにうずくまる。それしかできない。ううん、それだけは、やらないと。怖くても、恐ろしくても、立ち止まるわけにはいかない。

「……諦めない。諦めないから。今度こそ、約束を守るから」

マーテルさん。
ミトスくん。
勇気を、ください。