アスカードまで戻ったわたしたちは、ロイドからコレットの詳しい話を聞いていた。
天使になる、ということの意味を。
封印を解放して、天使疾患が起きた後に……彼女の体に何が起こって、彼女が何を失っていたのかを。
ただ黙って、聞いていた。
「じゃあコレットは封印を解放して天使に近付くたびに、人間らしさ……みたいなものを無くしているってことか?」
火の封印のあと、確かに彼女は少食になった。
苦手だったピーマンも食べられるようになった。でもそれは、味覚が大人になったとか、いろいろと気の滅入ることも多いからとか、そんなことを思っては、なるべく食べやすいように工夫するくらいで、それ以上のことは考えなかった。
彼女が「食べる」こともできなくなったなんて、想像できるわけがなかった。
水の封印のあと、確かに彼女が眠っているところを、見なくなった。
夜の散歩に行くことが増えたな、とは、思ったけれど。たまに目を覚ました時、だいたい空を見上げているな、とは、思ったけれど。もう寝なさいと言えば大人しく毛布にくるまっていたから、気付かなかった。そういえば、膝枕をねだること、しなくなったな、なんて。ちょっと成長に寂しさを感じたくらい、だった。
彼女が「眠る」こともできなくなったなんて、知らなかった。
風の封印の時だって、何も。何も、気付かなかった。
痛みや触覚といったものを無くしたなんて、わからなかった。
代わりに目が良くなって、耳が良くなった、というのは、確かにいろんなところで感じたけれど。その代わりに、生き物が当たり前に行う行為が出来なくなっていたなんて、本当に、想像することも、なくて。
「人間性の欠如……? そんな! じゃあ、最終的にはどうなっちゃうのさ」
「最終的に、か。どうなっちゃうんだろうな、本当に……」
「それに世界が再生された後は、地上でただ一人の天使になっちゃうんでしょ? そんなの辛すぎるよ……」
「それは……」
「いいんです、先生」
治療を受けて、ベッドで横になっていたコレットが起き上がる。
……そっか。眠れないから、ちゃんと聞いてたんだ。きっと聞きたくないようなことでも、彼女はもう、耳を塞げない。眠りに逃避することもできない。
できなくなったこと、ばっかりだ。
「でも、コレット……」
「みんな、心配かけてごめんね。今はちょっと大変だけど、完全に天使になったらもっと過ごしやすくなるかもしれないでしょ? だからだいじょぶ」
「でもつらいだろ? 疲れたら寝たいし、好きだったものの味を懐かしく思ったりしないのか? 誰かと手を繋いでも暖かさを感じられないなんて……世界再生なんてやめちまいなよ!」
「ありがと、しいな。でもここでやめちゃったら、世界中の苦しんでる人が救われないから。世界再生のために生まれてきたんだもん。ちゃんと自分の仕事するよ」
笑う。コレットは笑う。
いつも通り。愛らしく、しっかりとした意思を感じる笑顔を浮かべる。
笑っている彼女は好きだけど、でも……今は、嫌だった。
気付けなかった自分も嫌だけど、こんな風に誰かのためだけに笑う彼女の笑顔なんて見たくなかった。
だから、気付いたら言葉を零していた。
「そんな……そんなの……嫌だ」
「ナギサ?」
「だって、おかしいよ。世界再生のために生まれたなんて、そんなまるで他に価値がないみたいな言い方おかしい」
言葉が止まらない。一度飛び出してしまった言葉は、もう止まってくれない。
ああ、だめだよ、これ。わたしきっと、怒ってる。何に怒っているのかわからないくらい、怒っている。だから勝手にわあっと言葉が出てきて、上手に抑えられなくて、ただ相手を困らせるだけの言葉を言ってしまう。
そういうのはダメだって、悪いことになるばっかりだって、あんなに学んだのに。言ったって意味がないってわかってるけど、それでも言葉が止まらなかった。
「コレットは確かにここにいて、生きていて。それなのに、世界のために人間としての自分を捨てなきゃいけないなんて、おかしいよ」
「……私が天使になることで、世界は救われるんだ。今までもこれからも……ずっとそうなんだよ」
「無理して笑わなくていい!」
思わずそう叫ぶ。
だって、嫌だ。そんなの嫌だ。許したくない。認めたくない。
確かに彼女は再生の神子だ。世界の救世主になる女の子だ。
でも、たったそれだけのことで、コレットからコレットらしさを奪うなんて嫌だ。
「泣きたかったら泣いたっていいのに、そんなことも出来ない……そんな天使に、本当に世界なんて救えるの?」
「……救うよ。私、ちゃんと世界を救う。そのための神子だもの」
「そんな……そんなの……」
「俺は、諦めないからな」
言葉に詰まったわたしの代わりにロイドが言う。
強く、真っ直ぐにコレットを見る。
「コレットが天使にならなくてもいい方法を、絶対にあるはずだ」
「ロイド、ナギサ……」
うつむいてしまったコレットは、何を思っているのだろう。
それを考える前に、リフィルさんがそっとコレットに声をかけたから、ちゃんと考えられなかった。
「……コレットが決めたなら、私は何も言わないわ。けれど、それはとても辛い道よ」
「はい、先生。いいんです」
まだ笑うコレットに、わたしは耐えきれなくなって部屋を出る。
ねえ、神様。
わたしの大事な友人の名前を持つ女神さま。
本当にいるなら、コレットを助けてよ。