41-2

宿屋の外まで出て、深く息を吐く。
ため息はすぐに風が攫っていってしまったけれど、心は全然軽くならない。しゃがみ込んで、落ち込みそうになった時にいつもするように、マーテルさんとミトスくんのことを思い浮かべるけど、それでも、全然何も、落ち着かない。
あんな風に怒ったって、意味がないのに。ああ、どうしよう。怒ったせいで、余計にコレットに意地を張らせてしまったかな。彼女は本当に優しい子だから、自分のために怒ってくれてありがとう、だからもっと頑張るね、とか、思ってしまうかもしれない。
その精神性は尊敬するし、立派なことだと思うけれど、わたしは我慢ならない。でも、どうしたらいいかも、わからない。彼女が何も失わないでいられるような代替案を、わたしは持っていない。
だからこれは、身勝手な怒りだ。最初から最後まで身勝手な、ただのわがまま。

「マーテルさん……ミトスくん……わたしに出来ることって、何かないのかな……わたしはまた……傍にいることしか、出来ないのかな……」
「ナギサ」

すぐ後ろに、ロイドとジーニアスがいた。わたしを追いかけたというより、彼らも冷静になって考える時間がほしくなったのだろう。
二人とも暗い表情をしていて、ああ、二人を元気づけなきゃと思ったけれど……どうしたらいいのかわからなくて、無言になる。

「……隣、いい?」
「うん」

おずおずとジーニアスが問いかけて、二人はそっとわたしの隣に座った。
三人、並んで。しばらくの間、ただ、風を受けていた。

「……ロイドはいつから知ってたの」
「風の封印の後だ。あいつ転んだのに、おかしかったからさ」
「そっか……そっか。わたし、全然気付けなかったよ。友達だよって……お姉ちゃんだって、守ってあげるって言ったのに」
「ボクも……さっぱり。羽以外に変化がないな、とは思った。コレットが食欲ないみたいってのもわかってた。でも……それだけだったよ」

何も気付けなかった。
何もしてあげられなかった。
ずっと一緒にいたのに、何もわからなかった。
その事実は変わらなくて、わたしもジーニアスも黙り込んでしまう。

「世界再生なんてさ、コレットにしか出来ないすげーことなんだって思ってた。成功したら、世界中に俺の友達が救ったんだって、自慢して回りたかった。でも今は……世界再生が本当に凄いことなのか、わかんなくなっちまったよ」
「凄いことだよ。マーブルさんみたいな人たちを助けられるんだもん。でも……でもそのために、コレットが苦しむのは、ボク……嫌だな」

世界を再生すること。世界を救うこと。
それを義務付けられた神子は救世主で、尊くて、偉大で、素晴らしいお方。
でもそれ以前に、コレットは凄くいい子で、優しくて、素敵な女の子だったから。だから助けたいし守りたいし支えたいって思った。友達として大事だったから。平和になった世界で、再生された世界で、友達と一緒に過ごしたかったから。
でも、その大事な友達が苦しんで再生する世界は……本当に素晴らしい世界なのか、わからなくなってしまう。

「後悔、しないのかな」
「しないよ」

凛とした声が聞こえて、わたしたちは後ろへ振り返る。
そこに立っているのはコレットだ。
彼女はじっとわたしたちを見て、覚悟を決めた強い瞳を、わたしたちに向けている。

「私、この世界が好きなの。ロイドとジーニアスに出会えたイセリアが好き。ナギサと一緒に感じた風が好き。先生やクラトスさんと見上げた空が好き。しいなと歩いた大地が好き。守りたいって思うの。心から」

ぎゅっと両手を胸の前で組む。
本当に心から、この世界が大好きなんだと彼女は微笑む。
それが凄くコレットらしくて、泣きそうだった。

「この大好きな世界を守れるのは、私だけなんだ。だから私、天使になる。天使になっても……みんなが好きだっていう私の気持ちは変わらないから」
「コレット……」
「それともやっぱり天使なんて……嫌かな」
「そんなことない! 天使になっても、コレットはコレットだ!」
「そうだよ! ドジで天然で、優しくて犬が大好きな、ボクらの大事な友達だよ!」

ロイドとジーニアスが強く叫ぶ。
わたしも思わず駆け寄って、彼女の華奢な体を抱き締めた。
温かいけど、風で冷えてしまったのか、少し冷たい。こうやって抱きしめても、今の彼女にはわたしの体温なんて伝わらない。それがとても寂しくて、泣きたくて、でも、わたしを呼ぶ彼女の声が相変わらず優しかったから、何も言えない。

「……ほんとに? 天使になってもほんとに、友達でいてくれる?」
「当たり前だよ。天使になっても、ずっと友達だよ。約束したじゃない」
「うん! ありがと。私、それだけでもう……十分だから。ほんとにほんとに、十分だから」

すぐ耳元で嬉しそうな声がする。
コレットは笑う。喜ぶ。こんなことで。
たったこれだけで、世界一の幸せ者だとばかりに笑って、嬉しそうに、覚悟を決めるのだ。この世界を必ず救ってみせるよって、彼女は笑うのだ。
わたしはその、強い心が好き。大好き。彼女が選んだことなら、なんでも応援したい。したいんだよ。

ねえ、神様。女神さま。
ミトスくん。マーテルさん。
誰に願えばいいのかもうわからないけど、あのね。
ミトスくんとマーテルさんに出会ったときも思ったの。こんなことでこんなに喜ぶんだって。それならわたしは、二人に出会うためにこの世界に来たんだって。
……今は?
わたしは何のために、この時代のこの場所にいるの。どうしたらいいの。
この大切な友達のために、わたしにできることってなんなの。どうしてわたしは、この世界にやってきたの。
助けてくれないなら、教えてよ。