前回の帰り道でも使った、リフィルさんだけたらいに乗せて自分は泳いで渡る方法は、正直体力的な問題でかなりキツかったので、今回は申し訳ないけれどまた二人で悲鳴を上げながら一緒に乗る方向にさせてもらった。
もう二度と来ることはないと思っていたのに。帰り道はウンディーネになんとかしてもらえないかな、とくたくたになりながら、再びソダ間欠泉の水の封印があった祭壇までやってくる。
ここに、水の精霊はいるらしい。おそらく他の封印の地にも精霊はいるのだろう。そういえば、封印を開放したときにぼんやりと何かの影が見えたような気がしたから、あれが精霊だったのかもしれない。
しいなはひどく緊張した様子で何度も深呼吸をしているけれど、見物人であるわたしたちはワクワク駄。ウンディーネって、どんな姿をしているんだろう。わたしだけではなくて、コレットとジーニアスも楽しそうに声をそろえた。
「契約契約〜!」
「確かに、興味深いわ」
「……契約、か」
「簡単に言うんじゃないよ! ……し、失敗するかもしれないし」
「なんかよくわかんねーけど、大丈夫だって!」
「……何も知らないくせに」
ぽつりと、しいなが低く呟く。
俯いてしまって表情は見えなかったけど、辛そうな顔をしていることはわかったから。思わず、お願いして抱っこさせてもらっていたコリンちゃん……あの、牧場で見かけた小さな狐の姿をした精霊を強く抱き締めて、ほらほら、とその手をぬいぐるみみたいに動かした。
「ほらほら、大丈夫だよ。ね、コリンちゃん」
「大丈夫だよ、しいな! しいなならきっと出来るよ!」
「コリン……」
「ほら。コリンちゃんもこう言ってるし、大丈夫だよ」
緊張しすぎないで、と笑いかければ、彼女はまた表情を強張らせて。
けれど、今度こそ覚悟を決めた顔で、祭壇へと近付いた。
「失敗して巻き込まれて怪我したって、恨まないどくれよ!」
彼女が一歩封印の祭壇に近付くと、急に辺りが静かになった気がした。ずっと聞こえていた水の音が遠くなったような、辺りの水が震えたような。
その感覚を確かめる前に、青い光が祭壇に集まって、輝いて、そこに人型を作り出していく。光が一際大きく輝いたかと思うと、次の瞬間にはそこに青い女性の姿が現れていた。
水のように流れる髪と、ひれのようなドレス。甲冑を付けているのは、ただの非力な女性ではないと知らせるためだろうか。綺麗な人。……これが、精霊ウンディーネ。
「契約の資格を持つ者よ。私はミトスとの契約に縛られる者。あなたは何者ですか?」
「え、ミトス?」
凛とした声が紡いだ名前にドキリとする。
ミトスくんの名前自体は、もうあちこちで何度も聞いたのに。未だに、彼らの名前が出てくると、わたしのミトスくんの話かと思って反応してしまう。
「ミトスって、カーラーン大戦の勇者ミトスか?」
「ミトスって剣士のくせに、召喚まで出来たんだ」
「ミトスというのは男の子の名前としてはありがちだから、勇者ミトスとは限らないわね」
そう、その通りだ。
そもそもあの時代だって、ミトスくんと違うミトスって名前の少年はたくさんいただろうし、精霊と契約したのはもっと違う時代のミトスかもしれない。
どうせ確認なんてできないのだ。いちいち驚いていられない。そうわかっているのに、毎度律儀に反省してしまうのだからおかしい。
「我はしいな。ウンディーネと契約することを望んでいる」
「このままでは……出来ません」
「な、何故!」
「私はすでに契約を交わしています。同時に二つの契約を交わすことは出来ないのです」
ウンディーネがそっと首を振る。
そうなんだ。まあ、大学も高校も、就職だって一つの場所としか契約出来ないもんね。
「ミトスって奴との契約か……どうしたらいいんだい? 研究機関じゃ、こんなこと習わなかったよ」
「ど、どうしよう、ロイド」
「うーん、前の契約を無かったことにしてもらえばいいんじゃないか?」
「どうやって? 前の契約者のミトスって奴が、どこにいるかもわからないのに」
「ウンディーネから連絡取ったり出来ないの? 最近喚ばれないけど元気してる? みたいに」
「それはないでしょ」
「ま、そうだよね」
言ってみただけです。
ならどうしたらいいかな、と再び考える前にクラトスさんが口を開いた。
「精霊との契約には誓いが必要だ。契約者が誓いを守る限り、契約は行使され続ける」
「……そうです」
「それは知ってるよ。精霊は契約者の誓いに賛同し、契約を交わす」
「そうだ。だからお前はロイドの言うとおり、前の契約者との契約を破棄し、自分と契約することを望めばいい。前の契約者が誓いを破っているかもしれないし、もう亡くなっているかもしれない」
亡くなったか誓いを破ったかをしたら、精霊にもわかるようになっているんだ。
聞くだけだと簡単そうな解決方法に、思わずジーニアスも疑い深い視線でクラトスさんを見上げた。
「そんな簡単なことでいいの?」
「簡単と言うが、前の契約者が生きていたり、誓いを破っていなければ、どうにも出来ん」
「わかった。……ウンディーネ。我が名はしいな。ウンディーネがミトスとの契約を破棄し、私と新たな契約を交わすことを望んでいる」
断られたらどうしよう、と思ったけれど、水の精霊はあっさりとうなずく。
どうやら本当に、もう以前の契約者は、精霊からは契約続行できる相手だと認識されていないらしい。どちらの理由かはわからないけれど、こちらとしては好都合である。
これで契約成立になるのかな、とわくわくしていると、不意にウンディーネが水の剣を構えた。
「新たな契約を交わすために、契約者としての資質を問いましょう。武器を取りなさい」
「えっ! 戦うのか!」
「……行きます」