無事に契約を終えてユウマシ湖へと向かう道の途中。今までの旅もの経験もあって、そんなに苦労することもなければ、ちょっと懐かしさすら感じる偽神子の話を聞いたり、他に旅をしているノヴァ博士から素敵な音色の鳴る木の話を聞いたりと、だいぶ心に余裕のある旅路、であったのだけれど。
そんな余裕があるのはわたしたちだけで、しいなは全然余裕がないようだ。
目的地に近付くたびに、傍から見てもわかるくらい緊張がひどくなっていくしいなの様子は、さすがに放っておけない。慰めるとか、励ますとか、そんなに得意ではないのだけれど、話を聞いて落ち着かせるくらいなら手伝えるだろう。
わたしは休憩の最中にコリンちゃんを抱きかかえてなんとか心を落ち着けようとしている彼女の隣に近付くと、緊張しすぎだよ、と、いつの間にか当たり前に荷物に追加された彼女用のコップを差し出した。
「そんなにガチガチじゃ、しないはずだった失敗もしちゃいそうだよ。リラックス、リラックス」
「し、仕方ないだろ、召喚できるかわからないんだから」
「契約できたのに喚べないなんてことあるの?」
「わからないだろ、そんなこと。マナの大元を担うような強大な精霊との契約なんてしたことがないんだ。何かあってからじゃ…………」
そう言ってうつむいてしまったしいなちゃん曰く、契約と召喚はまた別の話なのだから、契約できたからといってきちんと召喚できるかわからない、とのことだ。
コリンちゃんのことは結構気軽に召喚してるのに、と思うけれど、コリンちゃんは人工精霊なのだとかで、実際に世界のマナと結びついている精霊はもちろん、水の精霊だなんて大それた精霊との契約は初めてだから何が起きるかわからない、というのが彼女の不安の理由らしい。
彼女が召喚術を学んだという場所で出会って、友達になれたし、絶対に来てくれるという自信と信頼が彼女とコリンちゃんの間にはあるけれど、ウンディーネはまだわからない。確かに仲良しの友達とそうでない相手では、心構えも何も変わってしまうのはわかるけれど、それにしたって不安に思いすぎだ、と外から見ているわたしは思ってしまう。
……どこでそんな勉強をしたのだろうとか、いろいろと聞きたいことはあるんだけど。まあ、しいなは忍者みたいだし、言えないことも多いだろう。忍者だし。なのでそこは突っ込まない。代わりに、ぽんと、頭を撫でてみた。
「大丈夫だよ。ウンディーネだって、しいなを信頼して契約したんだもん」
確かに年期という意味ではコリンちゃんの方が長いし、心配になる気持ちもわかる。
でも、ウンディーネは確かにしいなを契約者だと認めたのだ。それを、わたしたちはちゃんと見ていた。だから、きっと彼女が思うほどのことは起きないって、お気楽かもしれないけれど思っている。
何よりちゃんと、失敗した時のことも考えているのだ。心配なこと、不安なこと、ちゃんと自分で向き合って、それでも彼女は歩いている。それなら、何があっても大丈夫。きっとなんでも乗り越えられるよ、と、わたしは信じている。
「それに、何かあった場合をちゃんと考えて、事前に不安なことにも向き合っているんだから、大丈夫だよ。コリンちゃんだってそう思うよね?」
「当たり前だよ! しいななら絶対に大丈夫!」
「ほらね。わたしの言葉は信じられなくてもコリンちゃんの言葉なら信じられるでしょ。大丈夫だって、ほら深呼吸! そんなに緊張したならあとはなるようになる! ちゃんと考えて行動できるだけ偉いよ。わたしみたいに事なかれと流された結果悪いことばっかり引いたり考えなしに行動して迷惑だけかけて回ってるわけじゃないし……しいなはちゃんと契約もできたし……」
「ちょっとちょっと、なんでアンタが落ち込むのさ」
過去のいろんな失敗を思い出して落ち込んでしまえば、しいながオロオロとわたしの背中を叩いた。
うん、ごめんなさい。わたしが励まそうとしていたのに、逆に気を使わせてしまって。本当に申し訳ない。
……異世界に飛ばされて、今まで見たいにのんびり、周りに流されるような生き方はできないって、ちゃんと理解して。それで、じゃあって、わたしなりにちゃんと考えて生きようって思っているんだけど。事なかれで済まそうとして流しきれなくて、怒ってカーっとなってやらかしてしまうとか、考えが浅くて失敗してとか。そんなことばっかりだったわたしの二年間を思い出してしまって、本当に情けなくなってしまったのだ。
土壇場で選ぶ選択肢をことごとく間違えているというか、悪化させることしかできていないというか。本当にこれでいいのかって、悩んでばかり。そのくせ何も成果をあげられていない。二人のことを置いてきてしまったのもそう。イセリアについてもそう。コレットのことも、そう。泣くくらいしかできていない気がする。
でも、それでもなんとかして歩かないといけないんだよね、とおもむろに自分の両頬を叩けば、しいながまったく、と先ほどよりいくらかリラックスした様子で肩をすくめた。
「アンタはこう…………ほっとするね。すごく平凡って感じ」
「それ褒めてる?」
「褒めてるさ」
平凡。まあ、確かに。ちょっと異世界からきただけの一般人なので、その表現は間違いではないか。それに、しいなの緊張もちょっと解けたみたいだし、細かいことは気にしなくてもいいか。
抱きかかえていたコリンちゃんの頭を撫でながら、大切な何かを見つめるように、どこか遠くを見るような目をする彼女の話に耳を傾ける。
「いいね。なんだか落ち着くよ。そうやってけろっとしたり落ち込んだり……ああ、これが日常の中に生きている人か、みたいな感じでサ」
落ち着くよ、と再び微笑みかけられて、なんだか今さら照れくさくなってくる。
そういえば、マーテルさんもよくわたしの近くは落ち着くって言って甘えてきたことがあったな。あの時彼女も、同じようなことを思ってくれていたのかもしれない。
日常って、手放した時に急に恋しくなるものだから。恋しい何かに近いと思ってくれるなら、きっと、嬉しいことだろう。
でもどう返事をすればいいのかわからなかったので、とりあえずもう一度頭を撫でてみる。恥ずかしいよ、とはにかむしいなは、とっても可愛いなって思った。