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コレットが祈りを捧げる。
マナの守護塔の祭壇で、いつもの通り。神子として、祈りを捧げた。
彼女の背中に生える、光を浴びて輝く羽はやっぱり綺麗だったけれど。彼女が次に何を失うのか……守護塔に足を踏み入れて、リフィルさんが治癒術を強化した時から、ずっと考えては、憂鬱になる。彼女が天使になろうとする証拠でもある羽を見ると、ひどくやるせない気持ちになって、ただ綺麗だ、という感想しか持てない自分が嫌になった。

ふと、いつもなら降りてくるレミエルさまが遅いような気がして、いつの間にかうつむいてしまっていた顔を上げる。
彼は全然姿を現さない。どうしたのだろう。天使も遅刻なんてするのかな。なんてのんきなことを考えていると、祭壇の上に黄色の光が集まりだすのがわかった。
なんだろう。封印の守護者はもう倒したはずだ。思わず身構えると、光はやがて一人の女性へと姿を変える。……たぶん精霊だ。三日月に腰掛けた、美しい精霊が姿を現した。

「……アスカはどこ?」
「うわ、喋った!?」
「……アスカがいなければ、何も出来ない。契約も誓いも、何も……私の力を取り戻すためにも、お願い……アスカを探して」

それだけを呟いて、精霊は消える。いったいなんだったのだろう。こちらに召喚士の資格を持つしいながいるからだろうか。思えばしいながいる状態で封印を解くのは初めてだったし……それで、目覚めた精霊も戸惑ってしまった、とかだろうか。
首を傾げている間に、今度こそレミエルさまが降りてくる。遅刻した、という気持ちはきっと彼にはないのだろう。いつも通りの態度と表情で、彼は大きく手を広げた。

「長き道のりだった。よくここまでたどり着いたな、神子コレットよ」
「はい、レミエルさま」
「我らからそなたに祝福を与えよう」
「……はい」
「浮かない顔だな。天使に近付いたというのに」
「いえ、とても嬉しいです」
「ふむ……? しかし神子よ、ようやくそなたの旅も終わりを向かえようとしている。喜ぶがいい。今こそ救いの塔への道は開かれる!」

ばさりと、レミエルさまの翼が大きく広がる。
純白のそれを広げて、彼は高らかに声をあげた。

「救いの塔を目指せ! そこで再生の祈りを捧げよ! そのとき神子は天の階に足を乗せるであろう」
「……救いの塔へ!?」
「いよいよ世界再生なんだね」
「ホントに再生されちまうのか……」
「レミエルさまのお言葉のままに」

救いの塔。
旅の終着点。
神子が目指す、最後の場所。
そこで、コレットは天使になる。天使になった神子の呼び声で女神は目覚め、マナが再び与えられ、世界は再生される。
この旅の目的。世界中の人が待ち望んだ世界再生の瞬間。

……本当に、いいのだろうか。世界が再生されてしまって、本当に。
ううん、いいはずだ。だって世界はそれを望んでいる。コレットだって、そのために頑張ってきた。わかっている。それを喜べないのは、わたしの勝手だ。わたしが、わたしの知らない世界よりも、コレットが苦しくない方がいいって、思ってしまっているからだ。
……コレット自身がそれを選んだのに。彼女が自分で決めたことなのに。それを認めたくないって、わがままを言っているだけ、だ。

レミエルさまの姿が消えて、コレットがゆっくりと降りてくる。
そうして床に降り立ったかと思うと、そのまま彼女は倒れ込んでしまった。

「先生! コレットの天使疾患が!」
「わかりました。今日はここで休みましょう」

コレットは何かを言おうと口を開いて、それからきょとんとした顔で喉を抑える。
きっといつも通り、ごめんね、と言おうとしたのだろう。けれどその言葉は出てこない。彼女は不思議そうにして、青白い顔で首をひねっている。
何かあったのだろうか。まさか、と不安が込み上げてきて、そうではありませんようにと願うように彼女の名前を呼ぶ。

「コレット、どうしたの?」
「……声を失ったのではないか」
「そんな!」

彼女は答えない。
ただ喉を抑えて口を開閉するだけで、それは音にならない。
言葉は出ない。……あの可愛らしい、優しい声が、聞こえない。

「コレット……」

こんなに、こんなに全部なくしてまで、世界って再生しないといけないのかな。
……なんて。聞けるわけ、ないよ。