すっとコレットが立ち上がる。
レミエルさまに向かって足を進める。
背中しか見えないけど、その背中だけでわかる。
コレットが、決意を変えていないこと。……天使になること。
「まさか本当に……死ぬつもりかい!?」
「……ダメだ! コレット! お前が犠牲になったら、お前のことが好きな仲間も家族も友達も……俺も! みんなが悲しくて、犠牲になるのと同じだ!」
ロイドが叫ぶ。
その時、初めてコレットの肩が震えたような気がした。
たまらずロイドが駆け寄ろうとしたのを、ジーニアスがしがみついて止める。
「はなせ! ジーニアス!」
「ボクだってコレットが変わってしまうのは嫌だけど、それならどうすればいいの! シルヴァラントのみんなも苦しんでるんだよ!」
「それは……」
言葉が出ない。言葉が続かない。
わかっているんだ。みんな。みんな、シルヴァラントを助けたいって、今までの旅の中で見てきた、いろんな形で苦しんでいる人たちを助けたいって思っていることは、変わらない。
でもそのためにコレットを切り捨てられるのかと言われたら、絶対に首を縦にすることができない。うなずきたくなんかない。
なら代打の案を出せるのかと問われれば……何も。何も言えない。何もできない。いつもいろんなことを教えてくれたリフィルさんも隣で拳を握っているのが見えて、クラトスさんは何故かこの場にいなくて、余計にどうしたらいいのかわからない。
「神子一人が犠牲になれば、世界は救われる。それともお前は世界より神子の心だけが救われた方がいいというのか?」
「……それを量りにかけることが、もう間違ってるよ……」
「さあ、コレットよ。父の元へ来るのだ!」
コレットが一歩踏み出す。
天の階を登るために。天使となって世界を再生するために。
……死ぬために。
動けないでいるわたしたちをよそに、ロイドはジーニアスを力任せに振り切ると、祭壇の下まで走り出した。
「待てよ! 本当に他の方法はないのか? コレットはあんたの娘なんだ。あんただって本当はコレットが死ぬことなんて望んでないんだろ?」
必死な叫びだった。天使はその言葉に顔を歪ませる。
でもそれは、自分の娘をこれだけ思ってくれる者がいるという慈愛でも、ちっぽけな人間の慟哭に感涙したでも、世界が再生される喜びでもない。
……くしゃりと歪んだ顔が浮かべるのは、嘲笑、だった。
「……娘だと? 笑わせる。お前たち劣悪種が、守護天使として降臨した私を、勝手に父親呼ばわりしたのだろう」
「な……なにそれ……」
「私はマーテルさまの器として選ばれた生け贄の娘に、クルシスの輝石を授けただけだ」
「コレット!」
レミエルの突き放すような言葉に、耐えきれなくなってロイドが祭壇を駆け上る。
ぐいっとコレットの肩を掴んで無理やり振り向かせれば、彼女はやっぱり、微笑んでいた。
(ロイド、だいじょぶだよ。私、気がついてた。何度か会ううちに、この人は違うって思ってたから……でも、どうしてだろう。なんだか、目の奥が、痛いよ)
声が、した。
聞こえたというよりは、響いたといった風だったけれど。
それは間違いなくコレットの声で、ああ、もう彼女の意識はあの華奢な体から離れようとしてしまっているんだな、と気付いて……泣きたく、なった。
「コレット! 気付いてたならなんで!」
(……私の声、聞こえるの? 嬉しい! 最後にロイドにさよなら、言えるね)
ぱあっと彼女の表情が晴れる。本当に心から嬉しそうにロイドの腕を掴んで笑う。
それだけが心残りだったとばかりに、ほっとしたように頬を染めたコレットを見て、ロイドは悲痛に表情を曇らせた。
「コレット……ごめん! 助けてあげられなくてごめん! もう間違えないって誓ったのに、俺、また間違えてたみたいだ……」
(ううん。ありがとうロイド。私、ロイドがいたからこの世界を護りたいって思えるようになったんだよ)
彼女の声が響く。
嬉しそうな声が。愛おしそうな声が。
それを聞いて肩を震わせたのはわたしだけでも、ロイドだけでもない。
それでも、みんなが迷ってたから、動けない。
(ロイドがいたから、私……この十六年の命を、ちゃんと生きようって思えたの。だから……)
「コレット!」
(もう……時間、みたい……)
ふわりと、コレットの体が浮かぶ。
ロイドの手を握る力がなくなるように、するすると指がすり抜けて行って、優しい瞳から光が失われていく。浮かべていた、ロイドのための笑顔が意味を失っていく。
───コレットが、消えていく。
───再生の神子が、天使になる。
───コレットが、死ぬ。
(……さよなら)