47-1

「コレット、戻ってこい! 俺が必ず元に戻してやるから」

レミエルが床に倒れたのを見て、未だに宙に浮いたままのコレットに声をかける。
だが、彼女は身じろぎ一つしない。ぼんやりとした目で、何も意味を持たない表情で、ただそこに浮かんでいる。

「コレット……本当に俺のこと、忘れちまったのか?」
「無駄だ。その娘にはお前の記憶どころか、お前の声に耳を貸す心すらない。今のコレットは死を目前にした、ただの人形だ」

淡々とした声がする。
聞き慣れた、でも何故かさっきまで聞くことの出来なかった声。
祭壇の上を見れば、そこにクラトスさんはいた。

「クラトスさん!」
「お前、今までどこにいたんだ! 何を言ってんだ!?」
「神子は世界の再生を願い、自ら望んでそうなった。神子がデリス・カーラーンに召喚されることで、初めて封印は解かれ、再生は完成される」

淡々と淡々と、クラトスさんが話す。
なんだろう、嫌な予感がする。話しが噛み合わないと言うか、これまで一緒にいたクラトスさんとは何かが違うような、そんな感覚。
ロイドも、戸惑ったように声を震わせた。

「クラトス……? どういうことだ?」
「お前たちもそれを望んだ。神子はマーテルの新たな器として貰い受ける」
「どういうことだ! クラトス、答えろ!」
「クラトスさま、慈悲を……私に救いの手を……」

ずるずると、倒れていたレミエルが床を這う。
先ほどまでわたしたちに敵意をむき出しにしていた天使が助けを求めたのは、クラトスさんだ。
クラトスさまと、そう呼んで。彼は、手を伸ばす。

「忘れたかレミエル。私も元は劣悪種……人間だ。最強の戦士とは、自身が最も蔑んでいた者に救いを求めることなのか」
「ぐっ……」

今度こそレミエルは倒れて、そのまま光になって消えた。
……ああ。だめだ。
まだ傷は痛むし、ダメージが大きく残っているようで視界もいまいち悪くて、体も重たいから、何も考えたくないのに。
天使にはなったんだから世界を再生してくれていいでしょ、と言って、彼女を連れて帰って、どうにかしてまた彼女の失ったものを取り戻してあげたいのに。
考えてしまう。理解してしまう。混乱する動きの鈍い頭でも、わかってしまう。

「そこをどけ」
「クラトス……お前は一体何者なんだ」

ロイドの言葉をきっかけに、クラトスさんの体が光を帯びると、その背中に……コレットのそれよりも鋭い形をした、光の羽が現れる。
青白く輝く、天使の羽が、クラトスさんの背中に広がった。

「私は世界を導く最高機関クルシスに属する者。神子を監視するために差し向けられた、四大天使だ」

はっきりと。彼はそう宣言した。
たった今天使に、クルシスに刃向かって戦ったわたしたちに、自分は天使だと。今しがた打ち倒したレミエルと同じ場所に属するものであると、そう言った。
確かにここまで一緒に戦ってきた相手の背中に、今まで一度も見たことのなかった羽が存在するのを見て、全員が息をのんだ。

「クラトスさんも天使なの?」
「あたしたちを騙してたのか!」
「騙すとは? 神子がマーテルと同化すればマーテルは目覚め、世界は救われる。それに不満があるのか?」
「そして女神マーテルに体を奪われることで、コレットは本当の意味で死を迎えるのね」
「違うな。マーテルとして新たに生まれ変わるのだ」

わなわなと震えていたロイドが、再び剣を抜く。
コレットには近付けさせまいと、自分の剣の師匠でもあった仲間に。

「……くそ! やらせるか! コレットは俺たちの仲間だ!」

たぶん、勝てない。
それは、この場にいる全員がわかっていた。彼の実力が本物であることを、この旅の中で全員が知っていたから。
でも、だからといってコレットを素直に諦めるつもりは誰もなかった。地を蹴る。詠唱する。もう一度武器を握りしめる。

「……輝く御名のもと。地を這う汚れし魂に裁きの光を雨と降らせん。安息に眠れ。罪深き者よ」

クラトスさんの声と共に、彼の周りに羽が舞う。
綺麗な青い羽。力強い声。静かな審判の声に、わたしたちの攻撃は届かない。

「……ジャッジメント」

光が降り注ぐ。
幾つも降り注ぐ裁きの光に、貫かれた全員がその場に倒れた。
視界がぐらぐらする。気持ち悪い。ガタガタと体が震えるような、力がうまく入らないような。わたしは直撃ではなかったはずなのに、衝撃の余波だけでもう、立てないと思った。