77-1

少し休んでから改めてパルマコスタ総督府に戻ると、ニールさんが安心した表情で出迎えてくれた。

「みなさん! ご無事だったんですね!」
「あ、ああ。なんとか……」
「ニールさん、ごめんなさい。ボク、勝手に抜け出して……」
「よかった! 心配していたんですよ。無事ならいいんです」

ほっとした様子で笑いかける彼に、ミトスは曖昧に笑い返す。黙って出てきてしまった罪悪感と、たぶん、まだ先ほど飛龍に襲われた時のことから、立ち直れていないのだろう。
つまりこの浮かない顔の理由の一部はわたしのせいだ。うーん、どうしたものか。彼にはいっぱい笑ってほしいって思うけど……難しいな。

「パルマコスタ牧場の方は復活している様子はなかったわ。安心して」
「そうですか! ……何よりです。ところでみなさんは、これからどうするのですか?」
「とりあえず世界再生の旅を……な? コレット?」
「は、はい。えっと……がんばってます」
「はい! 期待しています、神子さま!」

眩しいばかりの笑顔に、今度はコレットが曖昧に笑う。嘘は、言っていない。旅だった当初に思い描いていた世界再生とは違う形での再生を目指すようになったというだけなのだから。胸を張っていいばす、なのだけれど、それでもその間、シルヴァラントのみんなに平和を届けることができないことに、彼らが幸せになる一番の近道から外れてしまったことに、彼女は思い悩んでいるのかもしれない。
……本当に。あちこち難しいことだらけだ。それでも、大勢のために一人を切り捨てる方法を、わたしたちは選べないから。みんな、誰も欠けることなく。二つの世界を救う方法を見つけるって、決めたから。前に進むしかないのだ。

「そうだ。はい、これ。預かってたやつ。……結局、ボク、あとをつけちゃったんだけど……」
「いいよ。ありがとうね」

あまりここに長居はできないし、彼らに聞かせられない話も多い。そう判断して、人気の少ないところへ向かうために総督府を後にする。
町の外れの方まで来てようやく落ち着いたところで、はい、と預けていたペンダントをミトスから受け取った。それをしっかりと握りこんでから、わたしはほっと息を吐く。
別に、これがなくたって、わたしはちゃんと生きていけるけど……でも、改めて返ってきたこれを見ると、少しだけ気持ちが落ち着くのがわかるから。やっぱり、これはわたしにとって、もう必要不可欠なものなのだろう。
二人に渡せなかったそれを、一度ミトスに渡したことで心残りも消えて。これは、ただのお守りに姿を変えた。
少しだけすっきりとしたことへのお礼も込めてありがとうと伝えれば、ジーニアスもそうだ、と声を上げた。

「ボクも、ミトスに笛を返さないと……あ!」
「……! 壊れてる……」
「ご、ごめん! 大切なものだったのに!」

彼が差し出した笛は、真ん中からぱっきりと割れてしまっている。
笛を繋ぐ紐も取れてばらばらになってしまっているし、頑張って繋ぎ合わせたとして、以前のような音色はもう出せないだろう。たぶん、あの飛龍から逃げようとしている時に割れてしまったのだ。
大切なものを壊してしまったと顔を青くしたまま見つめあった二人は、しばらく無言でいたけれど、やがてミトスがゆっくりと首を振った。

「……ううん、大丈夫。笛が壊れてしまっても、姉さまの思い出が壊れてしまったわけじゃないから」
「ミトス。すまない。俺で直せるなら……」
「ううん。もうかなり古いものだったからいいんです。ありがとう」

ロイドに答える彼は明らかに無理をしている笑顔だったけれど、それを指摘することはできない。
だって、それは彼の優しさだ。お姉さんの形見も大事だけれど、友達であるジーニアスを必要以上に傷付けたくないと思う、彼なりの優しさ。傷付かないはずがない。それでも一生懸命に涙を堪えて笑ってくれる彼にそれ以上の言葉をかけることはできなくて、代わりにリフィルさんがここまで抱えていた疑問を問いかけた。

「ねえ、ミトス。この笛には何か特別な力でもあるの?」
「……さ、さあ? でも姉さまが、遥か昔に絶滅してしまった木の実から作られた笛だと言っていました」
「……リンカの木、絶滅しちゃったんだ……」

まあ、四千年も経てば、絶滅する種くらいはあるか。でも、わたしとマーテルさんの最後の思い出にはリンカの実の笛の音色が存在していたから、寂しい気持ちがある。

「んじゃ、この後どうする?」
「ボータさんのこと、ユアンさんに伝えないと」
「そうだな。ミトスをテセアラに返すためにも、レアバードが使えるか確認しなきゃいけないしな」
「ううん、今日はみんな、休んでいこうよ」

そのまま話をこれからのことにスライドさせていこうとしたところで、ミトスがそう口を開いた。
やっぱりショックで疲れちゃったのかな、とみんなが気遣うように見ると、彼は違うよと首を振ってわたしを見る。そうして、再び泣きそうに表情をゆがめると、そのままうつむいてしまった。

「だって、ナギサもさっき、あんなにいっぱい血が出て……」
「もう治してもらったし平気だよ」
「平気じゃないよ!」

……別に、ミトスとの付き合いはそんなに長くなくて、まだ、彼の知らないことなんて、たくさんあるけれど。それでも、彼はどちらかというと賢くおとなしい性格の子なんだろうなと思っていたから。彼が、そう強く声を荒げたことに、わたしたちはそろって驚いてしまった。
すぐに、言葉は出ない。だって、本当に平気だって、思ってたから。わたしたちの旅に怪我は付き物で、治療をしてもらえばそれで大丈夫、だったから。確かに少し戦闘は控えるようにとは言われたけれど、それだけで。それ以上、気にしたり、しないから。
そんなに心配してくれるんだ、ありがとう……と伝えるのも、きっと違う。それは、彼の優しさを受け流す言葉だ。でも、立ち止まっていられないのも事実で。そのことをわからないミトスではない。
すぐに口を閉じると、また小さくなってしまった声でゆるりと首を振った。

「……ご、ごめんなさい、ボク……」
「確かに。ナギサ以外にも、怪我をしたやつはいるもんな」

ロイドの言葉に、ミトスがぱっと顔を上げる。
彼は連戦続きで休憩もほとんどしなかったもんなあ、と何度もうなずくと、だからさ、と明るく笑った。

「休める時に休むのが一番だと思うぜ。レネゲードに情報を聞きに行くのは、何も全員じゃなくちゃいけないわけじゃないんだ。それにナギサのレアバードだって壊れちゃったしさ。こっちで調べなきゃいけないこともあるし……手分けしようぜ」
「そ、そうだよね。ちょっと休むのも大事だとボクも思うよ!」

にかっと笑うロイドの横で、ジーニアスが何度もうなずく。
いくら交代で休んでいるとはいえ、やっぱり休める時に休むのが一番だ、どうせレアバードも壊れている、他にもここで集めるべき情報があるかもしれない……そんな風に。誰か一人を理由や言い訳にするのではなく、大局的に見てみんなが納得できるような理由を用意する彼に、異を唱える者はいない。
……いつも、彼は頭の回転が速いとか、地頭がいいとは思っていたけれど。こんな時に、誰かを言い訳にしない、みんなが納得できるような理由を提示できるのだから、さすがだ。

「な、姉さん。みんなもいいだろ?」
「そうだな。俺さまももうクタクタ〜」
「……そうだね。確かに、レアバードがあれじゃ行きたくてもいけないか」

何人かはわたしの巻き添えで残って休んでもらうことにしよう、と少しからかうように言えば、じゃあ俺さまが! と真っ先にゼロスくんが手を挙げる。あんたはどうせ女の子に声をかけるつもりだろ、としいなに頭を叩かれるまでがセットだ。
そうしてすぐにいつものみんなの雰囲気に戻るのを見て、ミトスはそっとほほ笑んだ。

「ジーニアス、ロイド……ありがとう」