闘技場の参加と潜入、そしてケイトさんの救出は問題なく終わった。
手配書の、ということで参加登録に少しだけ手間取ったけれど、登録参加料の倍のお値段を渡して、差額は自由に……なんてリフィルさんが交渉してくれたおかげで、無事に参加することができた。うんうん、実に有用なお金の使い方である。
その後、無事にケイトさんを連れ出してきたロイドと合流して、彼女の希望によって故郷だというオゼットへ向かった。
もう、誰もいない村だけれど。だからこそ、彼女が逃げるには、ちょうどいい場所なのかもしれない。
「助けてくれてありがとう。私はプレセアを実験に使っていたのに……」
「あんたが俺たちを見逃してくれたから、俺たちはここにいる。そのせいで処刑されそうになったんだから、助けて当たり前だよ」
「私の正体を知っても?」
「正体?」
悲しそうに笑みを浮かべるケイトさんに、わたしたちは首を傾げる。
正体も何も、彼女がハーフエルフであることくらいならもうみんな知っているし、今さら彼女を助けたことを後悔するような情報なんて、出てこないと思うのだけれど。
「私の母はエルフだった。父は人間で……今、マーテル教会の教皇の地位にいるわ」
「じゃあ、アンタのお父さんってのはあの教皇……なのか?」
彼女の正体、というより、彼女の父親についての情報に、少なからず驚いた人はいるらしい。ううん、確かに前も変に教皇をかばうような発言があったから、そのこと自体に驚いたのはない。
彼女の父親は教皇なのに。いざとなれば、どうにでもできる立場にいるのに。娘を処刑することを止めなかったことに、驚いていた。
「……母親似でよかったな」
「……そ、そんなこと、言ってる場合!? ひどすぎるじゃないか! 自分の娘を……処刑するなんて!」
「しかしなあ。ハーフエルフが罪を犯した場合、例外なく処刑と決めたのは教皇自身なんだぜ」
「なんだよそれ! 自分の娘がハーフエルフなのに、どうしてそんなことを決めるんだよ!」
「おいおい、俺に噛みつくな」
「ボク、絶対に教皇を許さない」
「ま、待って!」
悔しそうに地団駄を踏むジーニアスは、言葉通りゼロスくんに噛み付きそうな勢いで突っかかるから、どうどうとなだめるように彼の手を取る。
それでも言葉が止まらない彼を制止したのは、他ならぬケイトさんだ。彼女は相変わらず悲しそうな微笑みを浮かべたまま、お願い、とささやいた。
「……父にひどいことをしないで」
「どうして! あなたはひどいことをされているのに!」
「だって、それでも……父親だもの。父が私に、エクスフィアをクルシスの輝石へ変える実験をしろと命令した時、正直言ってうれしかった。やっと、私のことを必要としてくれたって……」
「……! わかんない! ボクにはわかんないよ!」
「ジーニアス、少し落ち着いて」
「だって!」
リフィルさんもこちらに来て彼を落ち着かせようとするけれど、ジーニアスはぶんぶんと勢いよく首を振るばかりだ。
それだけ、自分の子供を見殺しにしようとする父親の存在が許せないのだろう。自分自身が同じように見殺しにされるかもしれないと思っているのかもしれない。ううん、もしかしたら……今まで自分を守って育ててくれたリフィルさんのことも、思っているのかもしれない。
たとえハーフエルフでも、自分を愛してくれた家族がいるからこそ、ハーフエルフだからと自分の娘さえも切り捨てることを、そんな父親を慕っている娘が存在していることを、認めたくないのかもしれない。
「……私、少しわかる」
「コレット」
「レミエルが私のお父さんかもしれないって思った時、あれが死ぬための旅だったのに、それでもお父さんがやっと会いに来てくれたと思ったら、うれしかったから」
静かに。そう話し出した幼馴染の声を聞いて、ジーニアスはやっと動きを止める。
彼は泣き出しそうにくしゃりと顔をゆがめたかと思うと、もうなにも考えたくないと訴えるように、そのままわたしにしがみついてきた。
かける言葉も見つからず、とりあえずゆるく抱きしめ返しながら頭を撫でてやりながらリフィルさんを見ると、そのままお願いね、と彼女も肩をすくめる。……彼女も、弟の気持ちは、なんとなくわかるのだろう。
「……私一人で考えてみます。父のことや私のことや、ハーフエルフのこと……本当に助けてくれてありがとうございます。それから……プレセア」
「……はい」
「……ごめんなさい」
それだけを言って、彼女は立ち去る。
もう誰もいない村で、一人きり。
その背中を見送って、コレットが悲しそうに息を吐いた。
「……なんだか悲しいね。どうしてこんな風になっちゃうのかな」
「二つの勢力は、必ず対立する。シルヴァラントとテセアラ、エルフと人間、天と地」
「そして狭間の者は犠牲になるわ。ハーフエルフも、大いなる実りも、神子も」
「そんなのだめだ。誰かが犠牲になればいいなんて」
ロイドは、一人強くそう主張する。でも、それが本当に理想論であることを、みんなも、彼自身も、ちゃんと知っていた。
一度も輪の中から弾きだされずに生きてくるなんて無理だ。誰も犠牲になってほしくないと願うロイドだって、イセリアでは少し浮いていたことを知っている。ロイドも、ジーニアスも、コレットも。ドワーフに育てられたから、エルフだから、神子だからと、ほんの少しだけ、特別扱いされて、遠巻きにされていたことを、異世界出身の得体の知れない女として少しだけ遠慮がちに接しられていたわたしですら、知っていた。
何か対立が起きた時、そうして弾き出された人たちが、いつだって犠牲に選ばれる。世間から追い出されてしまった、牧場の人達の苦しみという犠牲のうえで守られていたあの村のように。神子という特別な立ち位置の存在を一人犠牲にすれば、その他大勢が救われるように。
誰かの犠牲のおかげで、誰かは救われる。そう知っていてなお、それが許せないのだ。誰も犠牲にならない世界を、彼は目指すのだ。
「でもな。人が二人いれば、必ずどちらかが犠牲になるんだぜ。優劣がつく。それは国も世界も同じだ。平等なんて……幻想だ」
「生まれ、立場、外見、種族……そんなものに振り回されるんだな」
「……そうだね。いつだって、どこの世界だって、人が二人以上いれば、絶対に優劣をつけられたし、自分でも知らないうちに何かを比較してた」
「でも……心はみんな同じだろ。誰だって自分を否定されれば傷つくに決まってる。それなのに、そのことを忘れてるんだ」
「心は……同じ……」
「そうだよね。みんながみんなを思いやって生きていければいいのにね」
「少しずつ……人は変われます」
「……そう信じて、できることからやっていくしかないんだよね」
ほんの少しずつでも。長い長い時間がかかっても。
目の前の道を一歩ずつ進むしか、夢を叶える道はないのだ。
やるせない気持ちも、全部、抱えて。