79-2

「リーガルさん。……ちゃんと、アリシアさんを、見てあげてください」

その言葉の後に、何を言えばいいのかはわからない。でも、気付けば勝手に言葉が口から飛び出していた。
……きっと、誰にも言わず胸に秘めて、ずっと、ずっと後悔して、ずっと思いを馳せていたのだろうアリシアさんが目の前にいるのに、触れ合えずに、見つめあえずにいるのを見るのが、嫌だったんだと思う。
わたしは二人のどちらの気持ちもわからないから。怪物になってしまった、優しかった人を殺してしまったことはある。でも、愛した人を殺さなければならない状況も、殺してもらうしかなかった状況も、経験なんてしたことがない。
想像はできても、どうすればいいのかわからない。だから、我儘を言うしかできなかった。お願いだから、すれ違わないでほしいと……思いあっているのだから、泣かないでほしいと。大好きな人を泣かせないでほしいと。ただそれだけだった。
それだけの言葉でも、リーガルさんはゆっくりと顔を上げようとする。けれど、自分の手に触れているように見える、アリシアさんの文字通り透き通った手を見て、彼の表情は再び歪む。
再度、彼女から目をそらそうとした彼を押しとどめたのは、ロイドだった。

「俺もジーニアスもナギサも、似たようなことを味わった。それに、想像してみたんだ。……俺の父さんも、化け物になった母さんを手にかけた時、苦しんだんじゃないかって」

ゆっくりと、二人の視線が彼に集まる。
その視線を受け止めながら、ロイドはただ静かに二人を見つめた。

「……お前の父親もそうだったのか?」
「……そう聞いた。父さんやあんたの選択がいいことだったのか、俺にはわからないけど。俺の母さんはきっと、父さんがあんたみたいに自分を罰して生きることは望まないと思う」
「……そうだろうか」
───ええ。その人の言う通りです。少なくとも私は、そんなこと望んでいない……

そっと、リーガルさんが控えめに視線をさまよわせる。同じように愛する人を殺したというロイドのお父さんの話を聞いて、少しだけ気持ちが揺らいだのだろう。けれど目の前にいるはずのアリシアさんにはまだ目を向けられずに揺れ動いて……そして、わたしと目が合う。
さっきの言葉を、思い出してくれたのだろうか。ちゃんと見てあげて、って言ったこと。彼に、届いたのだろうか。
リーガルさんはゆっくりと目を閉じて、そして……今度こそ、アリシアさんを
変わらずに自分に向けられる彼女の笑顔を見て、ぐしゃりと表情をゆがめた。

「……わかった。……しかしこの手は二度と無駄に命を殺める道具とはせぬ。私はお前に……お前とロイドにそれを誓う。そしてエクスフィアで人の命をもてあそぶ者たちを打ち倒したとき、この戒めを外すこととしよう」
───ええ、リーガルさま

今はまだ、全部すっきりと終えることはできない。
それでも確かに、愛おしい人の気持ちが通じ合ったのを感じて、アリシアさんは嬉しそうに胸を上下させた。

───姉さん……私、これでようやく逝けそうよ。私がエクスフィアになりきってしまう前に、結晶を破壊して
「どうして? このままではだめなの?」

このままなら、いつでもまた会えるのに。そう言葉を続けようとしたプレセアちゃんに、けれどアリシアさんは悲しそうに首を振る。
そんなのはダメだと。できないと。してはいけないと、そう言い聞かせる。

───このままだと、私は永遠に生きてしまう。しゃべることもできず、ただぼんやりとした意識のまま、未来永劫生き続ける。それは地獄だから……

ふと、もうとっくの昔に死んでいるという、女神マーテルを思い出した。
彼女も、そうなのだろうか。クルシスの輝石によって生かされているという彼女だけれど。本当はクルシスの輝石に寄生され、今なお死にきれることなく、ぼんやりとした意識で存在しているだけなのだろうか。
それは地獄だと……そう語る人がいるような状況に、女神はいるのだろうか。

「……プレセア、リーガル。どうする?」

二人は少しだけ迷うように目を伏せた後、静かにうなずく。
もう一度しっかりと大切な女性を、大切な妹を視界にとらえて、彼女の願いに応えた。

「アリシアを、解放してやってくれ……!」
「……そうですね。アリシア……さようなら」

涙に震えるリーガルさんが、この先ひと時も彼女を見逃すまいと、必死に目を開ける。
うまく表情が動かないのか、不格好に歪んだ笑顔でなんとか別れの言葉を絞り出すプレセアちゃんは、彼女に手を伸ばすまいと必死に自分の手を握りしめる。
悲しいと、寂しいと、そう訴えながらも自分を見送ろうとしてくれる大切な人たちの姿を見て、アリシアさんは幸せそうに微笑んだ。

───ありがとう……お姉さん、リーガルさまをうらまないで。お願いよ

ロイドの一閃が、アリシアさんの輝石を砕く。
きらきらと。宙に散り、溶けていく光の粒を、わたしたちはしばらくの間、ただ黙って見上げていた。