79-4

空中庭園を後にしても、二人は浮かない顔のままだ。
当然だろう。区切りはつけられたけれど、何も解決はしていないのだから。
少し休憩も兼ねて、今後の精霊との契約の順番を考えようと誰かが提案して、わたしたちは今、レザレノ・カンパニーの本社の一角を借りて二つの国の地図を広げている。
さっさと抜ける楔は抜いてしまおう、ならば先に火と風の精霊と契約を、そのまま光の、でも確か光の精霊は……云々。話し合いを続けるみんなの横で、わたしはどうしてもプレセアちゃんが気になってしまって集中できない。
もともと口数の少ない子だけど、今はもっと、ぼんやりしているというか。元気がないのが伝わると言うか。
たぶん、それはリーガルさんやジーニアスも同じだ。特に後者はちらちらと彼女を見ているせいか、何度も隣にいるわたしと目が合う。
集中できないのが二人以上いるなら、もうこれ以上はダメだなと判断して、わたしは思い切ってプレセアちゃんにこっそりと話しかけた。

「プレセアちゃん。……その……す、少し外で一緒にお散歩する?」

うーん、だめだ。己の慰めスキルの無さに絶望する。
いや、確かに、何も思い浮かばないんだけど。慰めるって、とんでもなく難しいことで、相手の気持ちに寄り添うとか共感するとか、すごくすごーく難しいことで、誰でもできることじゃないって、二十五年生きていてしっかりと身に染みていますけど。
だからって、お散歩を提案するとかどういうことだ。ちょっと顔色悪いねとか他にも切り口があっただろうに。ジーニアスが呆れているのが見える。もう反省したい。反省の嵐だ。

ちょっと泣きそうになっていると、プレセアちゃんの方がわたしの気持ちを汲んでくれたのだろう。少しだけ目元を緩めて、お気遣いありがとうございます、と笑ってくれる。
プレセアちゃんの方がよほど大人の対応である。ありがとう気遣い。わたしよりとても人に寄り添うのが上手だ。わたしが情けなさすぎるだけとも言うけど。
実際、彼女とわたしはそんなに年齢も変わらないだろうから、当然かもしれないけど……あれ、そういえば、彼女の実年齢って、どれくらいになるんだろう。もしかして、わたしよりちょっと年上になるのかな?

「……今日はおそらく、このままここで夜を明かすことになるだろう。二人が抜けだしても、問題はない。私が伝えておこう」
「いえ。大丈夫です。ロディルを倒しても……何も戻ってこなかったなって、思っていただけ、です。アリシアもボータさんもたくさんの人の命も……私の時間も」

リーガルさんのアシストも得たので、このまま本当にお散歩でも行こうかなと思っていたけれど、プレセアちゃんはゆるりと首を振って、そう答える。
誰か一人を倒したところで、何も取り戻せるものはなかったと。そう目を伏せた彼女に、リーガルさんはそうだな、と言葉を返した。

「時は流れるだけだ。何があっても、ただ過去から未来に流れていくだけ。ただ流されるのか、自らの意志で歩くのか。それが重要なのだろう」
「私は……自分の意志で、自分の足で、未来に向かって歩きたいです。これまでの私の時間は、ただ無為に流れていただけだから」
「私も、ただ流される生き方を改めねばならぬ。死してなお、私を救おうとしてくれたアリシアのためにも」

……思えば、彼女はずっと、振り回されていた。家族のために力を得ようとして、クルシスの輝石を生み出すための実験体にされて。時間も感情も奪われて。それだけでも、彼女に自由な選択肢はなかったのに、わたしたちに連れ回されるままに巻きこまれて戦っている。
今は、彼女の意思でついてきてくれているけれど……無為に流されているだけだったと、そう言いたくなる彼女の気持ちも、わかる気がした。

だからこそ、二人はすごいなって、心から思う。
せっかく再会できた妹を、寂しくても悲しくても彼女のために見送ることを選んで、自分も前へ歩こうとするプレセアちゃんも。
大好きな人のために、大好きな人を殺すことを選んだリーガルさんも……ロイドのお父さんも。
わたしにはとてもできない。それしか方法がないってわかっていても、できないと思う。自分の手で、その人の手を離すなんて、きっとできない。それでもいいからそばにいてって、思ってしまう。見送ってって言われても、見送れるかわからない。その後に、ちゃんと自分で歩けるかも、わからない。

だって、わたしは周りに流されることで、なんとなく、そこそこの人生を生きてきた。何事も起きませんように、今ある幸せでいいから、しんどい気持ちはしなくて済みますように。決定的な選択は、たぶん選んでこなかった。前にも後ろにも歩こうとしなかった。
そうやってぼんやりと生きることを選んだのはわたしだったけれど、それでいいのかと焦る気持ちがあったのも本当で。でも、今さら、新しく踏み出すような勇気もなくて、結局流されるだけ。
こっちに来てからは、さすがにもう少し自分で考えてきたけど。考えるのに慣れてないからか裏目に出てばっかりだったし……自分で選んで、自分の足で歩くことの大変さも怖さもわかるから
だから、尊敬する。その優しさも、全部。素晴らしいものだって、思う。

「……きっと、そう決めた時点で、ちゃんと自分の足で生きているってことだと思うよ。ううん、そうであってほしい、かな。今のままでいいって諦めるんじゃなくて、こうしたいって思った。ほんの少しでも実行した。思った通りの結果が出なかったとしても、その時点で自分の未来を変えられたんだって、思いたい」

そんな素敵なこの二人が選ぶことが、ただ流されているだけとは思いたくない。
変わろうって、自分の足で歩こうって思った彼らは、もうその時点で勇気のある選択をしたのだとわたしは思うから。
だから、彼らはきちんと、未来を変えていけると。これからの時間を、自分の足で、自分の意思で決めて歩いて行けるのだと、そう信じたくて、わたしはそう言葉を続ける。

「わたしも今までなんとなく生きてきた。でも、それまでのことを、ただ後悔するだけで終わらせたくない。今までのこと、全部……ちゃんと、未来のわたしにつなげていけたらいいって、思う」

なんて、全然上手に言えないや。
そう苦笑すれば、するりとプレセアちゃんの手がわたしの手に触れて、ゆっくりと繋がれる。
わたしを見上げてくる彼女が優しい表情をしているのを見て、わたしもその手を握り返した。

「そうだな。きっと、過去は変えられずとも、未来は変えられるだろう」
「はい。未来を、変えるためにも。……がんばりましょう」