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メルトキオに、オゼットに、アルタミラ……
それぞれにとって、ゆかりのある街を回っていく。
もう戻れないかもしれないと思うと、不思議と今まで見えなかったことも見えてくるのだろう。町を眺めるみんなは、いつもと少しだけ雰囲気が違って見えた。

ゼロスくんは、生まれた時から与えられた身分に息苦しさを感じていたと話しながら、それでもだめなところもひっくるめて嫌いな世界ではなかったと言った。
プレセアちゃんは、お父さんのお墓を置いておくことを心残りだと思う自分に、不思議そうにしていた。物理的には何も拘束されていないし、もう彼女の故郷には何も残っていない。それでも心はここに捕らわれているのが不思議で、手放しがたいと。
リーガルさんは、自分が生きていくうちに手に入れた大切なものがたくさんあると遠くを見た。アリシアさんへの誓いも、レザレノ・カンパニーに対する責任も、天秤に乗せるようなものではない、どちらも当たり前に持っているものだったのに、と。

故郷には。生まれ育った場所には。これまで自分が十何年も生きてきた世界には……手放しがたいものが、たくさんある。

それでも、しいなは契約をする以上、シルヴァラントに行くしかないと言って笑った。
まだ時期が早すぎて、シルヴァラントのレネゲードに潜入したミズホの民以外は、ここに残らざるをえないことには、しいなもロイドも申し訳なさそうにしていたけれど。
残るかどうかを選べることと、もう選べないこと、どちらが重たいのだろう。

わたしも久しぶりに……本当に久しぶりに。自分の故郷に帰りたくなった。
いい思い出も、悪い思い出もいっぱいある、わたしが生まれ育った世界へ。
……もう、戻り方もわからなければ、少しずつ忘れてしまっている、あの世界へ。


「この国の研究施設は素晴らしいわね」

サイバックの資料館に来て、リフィルさんはそう感嘆の息を吐く。
隣にいるロイドはいまいちここの良さがわからないようだったけれど、リフィルさんが興味深そうに資料に目を通す様子を面白そうに眺めていた。

「テセアラとシルヴァラントが切り離されたら、私はテセアラ史研究に着手することはできなくなるのね。私は……自分の過去を失うことになる……」

そう、少しだけ寂しそうにつぶやく彼女に、かける言葉は見つからない。
二つの世界が永遠に分かれてしまうことで、影響があるのはテセアラで暮らしてきた人だけではない。
テセアラに己のルーツを持つリフィルさんにとっても、初めての年の近いハーフエルフの友達という新しいつながりを得たジーニアスにとっても、テセアラと永遠に分かれてしまうかもしれないというのは、心に大きな損失を与えるのだ。
……わたしにとっても。

「あれ? この本、エクスフィアがついてるね」
「本当だわ。これは……

リフィルさんとコレットがなにやら一冊の本に興味を持ったのを見て、わたしは彼らからそっと離れる。
資料館とか図書館に来たら、ずっと探したいものがあったのだ。わざわざ別に時間を取ってもらうようなこともでもないし、今もみんなそれぞれ見たい書棚を見ているから、離れたところで何を言われることもない。
わたしは案内板を見ながら目的のものを探せば、この資料館に併設されている別の館の存在に気付いた。……勇者ミトスの足跡を中心に集めたという、その資料館の名前を見て、わたしはそちらへ続く廊下を歩きだす。

「……あった」

そして、書棚の一角。歴史とか、彼の伝記とか。それなりにまとまった量の本が収められたそこにある本の背表紙を見て、わたしは緊張で息を吐いた。
……「勇者ミトスの伝承」「勇者ミトスとは」そんなタイトルが並んだ本の中から、読みやすそうなものを一冊抜き取る。
子供向けなのか、可愛らしい絵が表紙についたそれを開いた。

“勇者ミトスとは、起きた古代カーラーン大戦という戦争を終わらせたえらい人です。”
“およそ四千年前、悪いハーフエルフの集団であるディザイアンが、二つの国の王様をだまし、戦争を始めました。ミトスは戦争でマナがなくなったことを知って戦争をやめさせたのです。そして仲間と一緒にマナを探しました。”
“ミトスは女神マーテルさまをあがめるという約束をしました。その代わりにマーテルさまは大地にマナをくださり、ディザイアンを封印しました。”

一年前。まだ、イセリアにたどり着いたばかりで、怪我もようやく治ったばかりの時。現代の文字も読めなかったあの夜に、ロイドに読み聞かせてもらった教科書の内容と、そこに書かれている内容はほとんど同じだ。
まったく同じ勇者の伝承が、二つの世界には伝わっている。わたしたちが推測した通り。ユアンに聞いた通り。かつてひとつだった世界で戦争を停戦させた、英雄となった男の子の話が、そこにあった。

わたしはぱらぱらと、彼について残された伝承を読んでいく。ある一説をもとに執筆された物語やら演劇やらの脚本家によるととか、あることないことも書かれているような印象を受けたけれど、元の資料自体がそんなに多くないらしいから、多少は仕方ない。
歴史に残るってことは、そういうことだし。わたしが知りたいのも、みんなが勝手に妄想したことじゃない。
ここに記述されているという、勇者がわたしのミトスくんであるという、証が見たいだけ。

“残された資料によると、ミトスが戦争を止める決意をしたのは、異世界からやってきた、一人の女性の言葉が理由の一つだと、言われています。”

その一文が書かれたページを見つけて、わたしは手を止める。
ゆっくり。その文章を飲み込むように。そこに書かれている文字がわたしの思い込みではないことを確認するように、指先でじっくりとなぞった。

“この女性の正体についてはいろんな説がささやかれていますが、その正体はおろか、彼女が告げたと言う詳しい言葉もどこにも残されていません。”
“マナの枯渇を防ぐため。その女性が語った平和な世界を実現させるため。彼は停戦を目指し立ち上がったのだという証言が残されています。”
“異世界からやってきたミトスの恋人。異世界とは比喩表現でミトスと契約した精霊。この女性についてはさまざまな説が唱えられ、娯楽小説や演劇の題材にもなりました。現在、一番有力とされている説は、これこそが女神マーテルであったというものです。彼は女神の神託を受け、旅立ち、女神マーテルと契約を……”

「……ミトスくん」

ぎゅ、と。目を閉じる。今読んだものが、わたしの中から溢れてどこかに消えてしまわないように。そんなことあるわけないけれど、この湧き上がってくる感情を今はまだ誰とも共有したくなくて、ぎゅうとその本を抱きしめた。

……ああ。本当に、ミトスくんなんだ。
かつての大戦を止めて、伝説の英雄になって。こうして今も語られるような勇者は、間違いなくあの日一緒に過ごしたミトスくんなんだ。
わたしは彼の恋人でも精霊でも女神でもないけれど。平和な世界を語った異世界の女性、なんて表現を当てはめる相手がいるミトスなんて、あの時代には彼しかいなかったはずだ。彼は……あの日、わたしが果たせなかった約束を、ちゃんと叶えたんだ。
ああ、会いたいな。会って、よく頑張ったねって、抱きしめてあげたいな。
謝りたいこともたくさんある。二人のことを置いて逝ってしまってごめんねって。それでも二人、こんなに頑張ったんだよね。すごいな。約束を守ってくれてありがとう。君はわたしを助けてくれただけじゃなくて、世界丸ごと救ったんだ。
そんな君たちに会えてよかった。嬉しかった。好きだよ。大好きだ。

わたしはまだ、君に誇れるような人間になれていないけれど。
わたしはまだ、知らないことばっかりで。二人と同じ名前を持つユグドラシルのことも、女神マーテルのこともわからないけど。
でも、ここが君が救った世界だというのなら、守りたい。二つの世界を救いたい。わたし個人にできることなんてほとんどないけど、できる限りの全部を使って、二つの世界がお互いを犠牲にしなくていい世界に戻したい。
四千年も待たせちゃったけど。彼の足跡を追うように精霊と契約しながら思ったように、わたしは今、君を追いかけている。
あの日にした約束を……みんなが自分らしくいられる世界を、誰かが無意味に傷つけられることのない世界を作るために、わたしも頑張るよ。