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みんな、一晩考えよう。
そうロイドが言ったのを聞いて、わたしたちはそれぞれに思い入れのある場所へと別れて行った。
すぐに決められることでもなければ、すぐに決めていいことでもないから。すでに心が決まっていたとしても、事前に話しておきたい人もいれば、やらなければならないこともあるだろう。
ロイドとコレットはメルトキオの近くでキャンプを張って待っているから、みんなはどんな結果になってもいいようにしてくれ……と。そう言って送り出した彼は、旅立つ前よりずいぶんと大人になったような気がした。

わたしはシルヴァラントに行く。最期までみんなと一緒に旅をする。
これは間違いない。どれだけ心が揺らごうが、これはもう決めたことだ。
それでも、心残りがないわけじゃない。ミトスのことだ。ジーニアスほど彼に入れ込んでいるつもりはないけれど、わたしだって、彼のことを好ましく、可愛く思っているし。ミトスくんのことを置いても、彼を庇って前に出れるくらいには守りたい子だと思っているし、にもう泣いてほしくないなあって、思う。
だから、ちゃんと。彼と話をしたかった。だからこそ、わたしはジーニアスと一緒に、アルテスタさんの家に泊まることを選んだのである。
まだ日は高くて、お日様の下に出ていきたい気もするけれど。わたしたちは静かに、ミトスに寄り添っていた。

「ジーニアスは……シルヴァラントに、行くんだよね……」
「……うん。ボク、ロイドと最後まで一緒にいるって決めたから」

二人でミトスを挟むように座って、ゆるく手を繋ぎながら話をする。
最初はどうしてもここを離れなければいけないことについての謝罪が多めだったけれど、今はもう、最近あった楽しかったことや、いつかしたいなと思っていた夢の話とか。なんてことない会話をして、悪かった彼の顔色が落ち着いてきたところで、ミトスがそう問いかけた。
ジーニアスは、それを否定しない。もう決めたことだからと、曲げたりはしない。それでも、大切なものが一つしかないわけじゃない。目の前にいる大切な友達の目をまっすぐに見ながら、でもね、と手を握る力を強めた。

「でも、ボク、ミトスとも離れたくないんだ。まだまだ一緒に遊びたいことも話したいこともあるし、寂しい思いもしてほしくない。これも、全部本当の気持ちだよ」
「……わかってる。わかってるんだ。みんな、世界のために頑張っていることで、わがままを言うことじゃないって。でも……」

ミトスの視線がゆっくりと動いて、真反対にいるわたしに合わさる。
静かな目だった。静かに、悲しそうに揺れる瞳に、それだけで胸がざわついた。

「……ナギサも、行ってしまうの?」

約束したのに、と。そんな言葉が、その後ろには続くのだろう。
泣いてしまいそうな時、一緒にいようねって、約束したのに。今度こそ守れるようにって、指切りしたのに。あの日、初対面で泣いてしまったわたしのことを慰めようとしてくれたのに。そのために新しい約束をくれたのに。ままならない。結局、いつもわたしは誰かの約束を守れないでいる。
口ばっかりのわたしに慰めの言葉なんて言えるはずがない。もともと得意じゃないし、なんと言えば彼が泣かずにすむかなんてわからない。でも、何も言わないで黙っていても何も伝わらないって、ちゃんと教わったから。
わたしは、彼の頭を優しく撫でながら、そうだよ、と答えた。

「……わたし、ここで投げ出すわけにはいかないから。シルヴァラントへ行くよ」
「そう……だよね……」
「いっそ、ミトスも一緒にシルヴァラントに来るつもりはない? ……なんて、ごめんね。意地悪なこと聞いた」

ミトスだって、タバサちゃんやアルテスタさんとちゃんと仲良くしていること、今日の朝見た様子だけでもちゃんとわかった。もう会えないって言われて、だから一緒においでって言ったところで、彼もすぐになんて選べないだろう。
わかってるから、彼も、強くは引き留めないのだ。嫌だよ、と言った言葉をわがままだと引っ込めた後、行かないでと言わずに行ってしまうんだよねという言葉を選ぶ辺り、やっぱりこの子はとても敏い子なんだろうなと思った。

「……大丈夫。ちゃんと、見送れるよ。まだ、本当に会えなくなるって、きまったわけでもないし。大丈夫」
「ミトス……うん。これが杞憂で、またテセアラに行くことができたなら、すぐに会いに来るよ。約束する」
「うん。……待ってるからね、ジーニアス」

手を握りあって、また会えるからねと笑いあう二人を見て、わたしはちらりと窓の外に意識を向ける。
まだ日は高い。まだ、約束の時間までにはずいぶんと時間がある。
だからわたしは、勇気を出すことにした。勇気を振り絞るほどのものじゃないかもしれないけれど。それでも、上手な言葉を見つけられなくて、上手な慰めもできないわたしに出来ることをと考えて、してあげられることなんてこれしかないと思ったから。
そうだ、確か前に精霊研究所でも言われたじゃないか。勇気は夢を叶える魔法。夢ってほどじゃ、ないけど!

「……ねえ、ミトス。その……よかったら、なんだけど。その、断ってくれても全然いいっていうか、その、ミトスだけじゃなくてジーニアスにも提案なんだけど」
「どうしたの、急に?」

首を傾げる二人に、わたしはぎゅっと手を握る。
あのね、ミトス。わたし、君に笑ってほしいんだ。
ミトスくんに似てるとか、関係なしに。わたしのことを思って約束をくれた君を。わたしのために泣いてくれた君を。泣かせたままにしたくないんだ。

「わたしと一緒に、遊びに行こうよ」

デートみたいにさ。
そう伝えたあと、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げるミトスとジーニアスは、たぶんしばらく忘れられないなと思った。