アルテスタさんのところに戻ろうかとも思ったのだけれど、せっかくだから一緒にホテルに泊まろうよ、と珍しく積極的に言われたので、夜もアルタミラで過ごすことにした。
アルタミラでこんなに遊べるのは最後かもしれないし、と言われてしまえば断る理由もない。むしろ、ちょっとミトスに甘えられている気もして気分がいい。これって年上のお姉さんとして親心みたいなものがくすぐられているのだろうか。
もらったデラックススイートペア宿泊券を使ってあてがわれた部屋に入って、用意されていたお茶を飲みながら一緒に窓の外を眺める。
豪華なホテルなんて泊まったことがないから、どれくらいすごいのかは上手に説明できないけれど。三つくらいの部屋が繋がっているところとか、天蓋付きのベッドが二つ並んでいるところとか。広々とした空間の中で豪華に上品に飾り立てられた調度品は、こう言っては何だけどとてもお高そうで、こんな部屋に泊まれるのは一生に一度かもしれないな、と庶民感覚丸出しで思った。
何人記念、というイベント自体は毎年度やっているとのことだけど、ペアでの宿泊券を配布したのは、今年度が初めてらしい。すごく運がいいな。みんなで来たらそもそも誰と誰がここに泊まるかで悩んでしまうところだった。
いや、この部屋の広さなら、みんなで集まって夜景を見たところで問題ないだろう。寝る部屋は別になるけれど、みんなで一緒に騒いでから、それぞれゆっくり自室で休むというプランも、きっと楽しかった。
でも。ミトスと二人でいるのも、すごくいいなあって。アルタミラが一望できる大きな窓から夜空を見上げて、あの星はね、と説明してくれる彼の横顔を見ながら、そうしみじみと思った。
ここは他の場所と比べれば明るいし、見える星の数は少ないけれど、それでもわたしの故郷よりはずっと多くの星が輝いているのが見える。夜は星を数えて、流れ星に祈るのが好きなんだ、とはにかむ彼の声に耳を傾けながら、今日一日ずっと繋いだままの手をゆるりと撫でた。
「……ボクね、最近、夢を見るんだ」
「夢?」
「どこか知らない世界で生きてる夢」
夢を見たのなんて久しぶりだから変な感じだよ、とつぶやく彼の表情は、少しうつむいてしまったせいで、よくわからない。
たぶん、耳の形を隠すために伸ばしている髪の毛が隠してしまった。窓に反射するのも、今は外の光が強くて、それまで見えていた横顔が見えなくなってしまったことに、寂しいなって思った。
「そこには魔法もマナもなくて、エルフもハーフエルフもいない……でも、きっと罰なんだろうな。ボクはそこでも上手にみんなと生きられなくて、息苦しくって。姉さまもみんなもいないから、毎日がつまんなくて、怖くて、それでも生きてる。目が覚めた時、いつも思うんだ。ひとりぼっちだなって」
彼の髪を梳くように表情をうかがおうとして、伸ばした手を止める。
ミトスの声が弱々しかったというのもある。魔法も何もないなんてわたしがもともといた世界みたいだねとか。言葉だって、いろいろと思い浮かんできた。けれど……それ以上に、何の罰を与えられないといけないのだろうと、そう思ってしまって、手も口も止まる。
どうして、罰なんだろうと、思ったのだろう。
「ボク、ジーニアスと友達になれて嬉しい。ナギサも一緒にいてくれて、嬉しい。だから……もう会えなくなるのは、嫌だな」
顔を上げて、わたしを見る瞳が、また寂しそうに揺れている。
朝ほどではないけれど、やっぱり行かないでほしいよと訴えるような瞳に、わたしは一度目を閉じた。
……わたし、やっぱり、ミトスに笑ってほしい。泣いてほしくない。彼にできる限りのことをしてあげたいって思う。
それは、彼がミトスくんに似ているからなのかな。違うのかな。わからないや。ただ、笑ってほしい気持ちに嘘はない。
「ミトス。これ、あなたにあげる」
だから、それを差し出した。
彼の手のひらの上に、ちゃんとそれを乗せる。
わたしの、ミトスへの贈り物。ミトスだけにプレゼントをすればいいと言われて、頑張って作った、あのお守り袋。
刺繍したノイシュの顔とか、中にいれた木札に掘った彼の名前が微妙に歪になってしまったこととか、ちょっと不格好なところはあるんだけれど。それでも、わたしがミトスに渡したくて作った、ミトスのことを守ってくれるものになればいいと思って作った、お守り袋。
それを、彼の手にしっかりと持たせて、わたしははにかむ。
「その……あんまり上手じゃないんだけど。わたしの手作り。君に……他の誰でもない君に、プレゼント」
そういえばお土産とか買ってないしね、と笑ってから、じっとそれを見つめるミトスの手の甲を撫でる。
泣いているわたしのために約束をくれてありがとう。
あの日、危ないのに助けてくれてありがとう。
わたしのために泣いてくれてありがとう。
照れくさいながらもひとつずつ言葉にすれば、呆然とそれを見ていたミトスがうつむいてしまう。あんまり気に入らなかったかな。まあ、すごく上手なわけじゃないから、気に入らなくても仕方ないんだけど。
「あ、ご、ごめんね。その、気に入らなかったら、全然……」
「ありがとう。……うれしい。うれしいんだ。キミが、ボクだけに何かを贈ってくれたことが。うれしいんだ……」
慌てて言葉を繋げたわたしに首を振って、ぎゅう、とミトスはそれを抱きしめるように握りこむ。
そのまま、ぼすんとわたしの方に寄りかかってきた彼が泣いているのかは、もう完全に表情が見えないからわからない。でも、触れた肩は震えていなかったから。わたしは緩やかに彼を抱きしめた。
「わたし達がシルヴァラントで最後の精霊と契約したら、その瞬間に世界が分たれてしまうかもしれない。もう戻ってこれないかもしれない……でも、わたし、絶対に君に会いに行くよ」
そんなことが本当に可能なのかどうかは、わからない。わたし、異世界に来たからって、特別何かができるようになったわけでも、不思議な力に目覚めたわけでもないもの。
そりゃあ、以前より主体的に動くようになったし、筋トレとかもして、頑張って戦ってるけど。いろいと成長したと思っているけれど、それだけ。だから、本当に二つの世界が分かれてしまった時、どうやってここに来ればいいのかなんて、わからない。
でも。でも。会いたいって思ったから。
絶対に、彼に会いに行きたいと。
「わたし、別の世界から来たんだもん。きっとなんとかするよ。約束したもの。絶対絶対、会いに行く。もしかしたら別れるまで時間があるかもしれないし!」
だから泣かないで。笑って。
そう願うように抱きしめて。ちょっと、無理があるかなって、苦笑して。
何も言わないミトスの背中を撫でれば、そっとミトスの腕が背中に回るのがわかった。
「……待ってるよ、ずっと」
少しだけ顔を上げたミトスの頬が、わたしの頬にぴったりとくっつく。
まだ、わたしより少しだけ小さい体の彼は、ぎゅうとわたしに抱き着いて。そうして、優しい声でささやいた。
「ずっと、待ってる。キミに会えること。……四千年でも、何年でも」
ふふ、と思わず笑ってしまったのは、年数が具体的だったからだ。しかも、四千年なんて。わたしが越えてしまった時間と同じ。
それがなんだか面白くて、くすくすと笑いながらミトスへと向き直って、その額に自分のそれを擦り合わせた。
「そんなに長い時間が経ったら、君もわたしもお互いのことわからなくなってそうだなあ」
「まさか。ボクはちゃんとわかるよ。だから、それくらい待てる。キミも……ジーニアスにも。絶対に会えるって、まだお別れじゃないって、信じるよ」
きっと、ロイドならなんとかしてくれる気がするから、と笑う彼に、それもそうだね、と肩の力を抜く。これまでもずーっと頑張ってきたロイドだ。迷うたびに道を切り開いてきた彼のこと、ミトスも結構信頼しているのだろう。
その目に涙が滲んでいないのを確認して、再びぎゅうと抱きしめた。
「だから、約束だよ。絶対、ボクのところに帰ってきてね」