地面が揺れる。
救いの塔がある方角に現れた大樹のようなものが地面を引き裂き、咆哮の代わりにその枝を大きく広げる。
けれど、それが美しい木漏れ日をわたしたちに見せてくれることはない。葉も花も見当たらない寒々しい姿をしたそれは、まさに大樹の形をしただけの怪物だ。それでもこの大地に根付こうとしているのか、のたうち回るように木の根を這わせている。
あれは、なんだろう。
あんなの、わたしの知っている大樹カーラーンではない。
「一体何が起きたんだ!」
「めちゃくちゃじゃねえか……」
「ねえ……あれが……大樹カーラーンなの?」
「違う……わたしが見たのは、あんなのじゃ……」
わたしがあの日見た大樹カーラーンは、確かに少し元気がなかったけれど、もっと青々として美しい木だった。
どっしりとした幹は命の大樹という名にふさわしく生命力にあふれていたし、あんな風に大地を引き裂くこともなく、ただ静かにわたしたちを見下ろしていた。
ううん、それよりも。わたしには、どうしても気になることがある。あの大樹のようなものの中に、何か光るものがあるのだ。懐かしい面影を持つ、誰かが。すごく距離があるせいでよくは見えないけれど、たぶん、女性、だと思う。
そのシルエットに、わたしは嫌な汗が伝うのがわかって、ごくりと息を飲んだ。思わずぎゅうと胸元を握りしめて、そんなわけがないと、手が震える。
……見覚えがあるなんて、嘘だ。気のせいだ。
こんなに距離があるんだもん。それなのに懐かしいなんてわかるわけない。何度も何度も思い描いた人にそっくりだなんて、あるはずがない。
きっとコレットの目ならよく見えると思う。だから、彼女に詳しい特徴を聞こうと、わたしは彼女の服の裾を軽く引っ張る。
「ねえ、コレット……」
「……誰だろ。どこかで……会ったような……」
「……マーテル!?」
ユアンの言葉に、ああ、と膝から崩れ落ちそうになった。
もちろん、こんなところで本当に崩れ落ちるわけにはいかないから、踏みとどまるけれど。けれど、目の前は真っ暗になったような気がした。
長い髪の、女性。
大樹に吸い込まれそうに、一体となろうとしている、あの人。
その名前が本当なら、懐かしい面影を感じて、当然、だ。
「マーテル? あの木に取り込まれようとしている女性が?」
「どうして!?」
ユアンに思わず掴みかかる。
ああ、こんな風に感情任せに行動したっていいことないって、わかっているのに。抑えられない。
言いたいことなんても何もまとまっていないのに、言葉が止まらない。
「どうして、どうしてあそこにマーテルさんがいるの? どうして……じゃあ、やっぱり、ユグドラシルが復活させようとしたマーテルって……!」
……大いなる実りには、女神マーテルが同化している。
であれば、あそこにいるべきは、女神だ。
きっと、勇者ミトスの姉の名前と変に混ざって伝わっただけのはずの、女神様。
とっくの昔に死んでしまったという女神ではないと、いけない。
今さら、名前だけ同じ別人がそこにいる、だなんて考えられなかった。
だって、わたし、忘れていない。マーテルさんのことだって、何度も何度も思い返したのだ。その記憶は薄れてなんていない。彼女に似ているタバサちゃんに会って、さらに忘れられなくなった。
だから、あれが、わたしのマーテルさんだって、わかる。
ああ、でも、おかしいよ。信じたくないよ。だってあそこにいるのがわたしのマーテルさんなら、女神マーテルは、名前が同化したわけじゃなくて、間違いなく本人だ。勇者がわたしのミトスくんだったことと同じ。
本人たちの物語が、長い時代を越えて女神と勇者という物語になって、わたしのところに聞こえてきた。
でも、どうして。あそこにいる、大いなる実りによって生きながらえている、すでに故人であるはずのマーテルが。ユグドラシルが復活させようとしているマーテルが、わたしのマーテルさんなら、わからないことがたくさんある。
どうして、彼らと同じ名前を持つユグドラシルが、マーテルさんに執着しているの。
どうして、四千年も経ったのに、まだマーテルさんはそこにいるの。
どうして、マーテルさんは、大樹と同化しようとしているの。
どうして……マーテルさんを取り込んだ大樹は、あんな姿になっているの。
「あれが、ナギサが話していた、ミトスくんのお姉さんのマーテルさん……? いったい、何がどうなってるのさ」
「なぜ、マーテルがあのようにグロテスクな大樹と復活するのだ……」
「やはり……こうなってしまったか」
「どういうことだ!?」
わたしからついと目をそらしたユアンは、代わりにクラトスさんへと意見を求める。
彼は、ただ淡々と、これは変えられない事実だと、クルシスのコアシステムが吐き出したと言う答えを語り出す。
「大いなる実りが精霊の守護という安定を失い、暴走したのだ」
「そんな馬鹿な! 精霊は、大いなる実りを外部から遮断し、成長させないための手段ではなかったのか?」
「それだけではない。二つの世界はユグドラシルによって強引に位相をずらされた。本来なら、互いに分離して時空の狭間へ飲み込まれてしまうのだが、二つの世界の中心に大いなる実りが存在しているからこそ、それは回避されている」
「そんなことはきさまの講釈を受けなくてもわかっている!」
……ああ。きっと、ユアンもすごく動揺しているんだろうな。
だから、こんな時でも平静さを失わないクラトスさんの言葉にこんなに苛立っている。
「大いなる実りは離れようとする二つの世界に吸収され、どちらかの位相に引きずり込まれようとしている。ゆえに、いつ暴走してもおかしくない、不安定な状態にあった」
「……待て! それでは精霊の楔は大いなる実りの二つの世界の狭間に留まらせるための、檻として機能していた。……そういうことか」
「その通りだ。安定を失った大いなる実りに、お前たちがマナを照射した。結果、それは歪んだ形で発芽し、暴走している……融合しかかったマーテルをも飲み込んでな」
「理屈はどうでもいい! このままだと、どうなるんだ!」
「……クラトスの言葉が事実なら、シルヴァラントは、暴走した大樹に飲み込まれ、消滅する」
呆然と、ユアンは口を開く。
ただ、苦しそうに。
わたしたちの招いた結果を、呟いた。
「シルヴァラントが消滅すれば、聖地カーラーンと異界の扉の二極で隣接するテセアラも、また消滅する」