イセリア牧場へと続く、懐かしい道を歩く。
少し前は、イセリアに行くついでにとこの坂道をよく歩いていた。牧場には近付いたらダメだって言われていたから近付くことはしなかったけれど、森の切れ目から見える重々しい鉄の門を見かけては、どことなく恐ろしい気持ちになったものだ。
マーブルさんに出会った時も、怖いなって気持ちの方が強かった。まだ、自分が死んでしまうほどの大怪我を負った戦場のことが忘れられなかったから。まだ、怪我をすることに慣れていなかったから。牧場の人達の姿を見て、あの光景を見て、恐ろしい場所がこの世界にはあると、震えていた。
でもここから……ここから、わたしたちの世界再生の旅は、始まったのだ。
神子が神託を受けた瞬間じゃない。目の前の人を助けたいって思ったあの時に、きっと。
「……マーブルさん」
ジーニアスが己の手の甲を撫でる。
そこにあるのは、マーブルさんの形見でもあるエクスフィアだ。
彼も、忘れていない。ううん、きっとわたしよりもずっと、何度もマーブルさんのことを考えただろう。彼女の友達だったのはジーニアスで、彼女を助けたいって最初に思ったのはジーニアスだったから。
わたしも、ジーニアスも、ロイドも、忘れていない。忘れられるわけがない。
「ジーニアス」
名前を呼んで、彼を見つめる。
それ以上、何も言葉はなかったけれど。きっと、お互いに同じことを思っていたのだろう。わたしたちはただ、強くうなずきあった。
「どうして私を同行させた」
ふと、後方から聞こえてきたクラトスさんの声に足を止める。
彼はロイドを静かに見つめながら、その問いの意味を続ける。
「お前たちが魔導炉を停止させるなら、私は必要ないだろう」
「クルシスは信用ならないからだ。たまたま今回、俺たちもレネゲードもあんたも利害は一致したけれど、いつどうなるかわからないからな。監視しておくには近くにいた方がいい」
「なるほど。賢明な考えだ」
フ、と笑う仕草は、以前に一緒に旅をしていた時と何も変わらない。
……当然だけど、別にわたしたちを裏切っていたからと言って、本人の言動すべてが演技だったわけじゃないんだよね。演技なんてしないで、ただ本当の目的を言わなかっただけだから、何も変わらない。
きっと、その「何も変わらない」ということが、ロイドにとってはもどかしいのだろう。敵になった瞬間、人が変わったような態度になってくれたなら、切り離して考えやすかったけれど。クラトスさんはどこまでもクラトスさんだから。
だからロイドは、クラトスさんのことを、突っぱねきることができない。
「どうやって潜入するの? 門は閉まってるよ」
「俺が崖から敷地の中に飛び降りて、門を開けるよ」
「いや、私が行こう。この程度の紋なら飛び越えればいい」
そう言うと、クラトスさんはその背中に青く輝く羽を出現させる。
コレットの羽によく似た、けれど色味も形も微妙に違うそれを羽ばたかせ、高く跳んだ彼の姿を見ながら、ロイドは寂しそうに眉をひそめる。
天使の羽は、とてもきれいではあったけれど……なんだか、遠いなあ、と思った。
「……クラトスさんって、やっぱり天使なんだね」
「……ああ」
彼は……ユグドラシルのことを話してはくれない。
彼は何者なのだと、どうしてマーテルさんがと問いかけても、何も。今はそれどころではないと、ただそれだけの言葉で切り捨てて、何一つ語ろうとしない。
確かに、今優先すべきことではないことくらい、わたしにもわかるけれど。わたし個人の疑問よりも、大樹をどうにかするのが最優先だって、でも……でも。
わたしは、知りたいよ。
わたしがいなくなった後の、二人のことを。
マーテルさんが今もまだあそこにいるのなら……ミトスくんは、どうなってしまったのか。
知りたいよ。