89-3

遠く、東の空の向こうで、魔導砲が放たれる。
ここからでもよく見えるほどに眩い光が大樹へと撃ち込まれて、悲鳴のようなか細い声が響き渡った。
ああ。聞き覚えのある声だ。こんな悲しそうな声、聞いたことないけど。まだ、わたしは彼女の声を覚えているから。
大樹が消える。
光となって霧散する。
それを遠くに眺めながら、わたしぎゅうと、自分にすがりついてくるコレットを抱きしめ返した。

「……マーテルさん」

断続的に聞こえていた地響きが聞こえなくなった頃、通信機からユアンの声が聞こえてくる。
落ち着いているように聞こえる声色からして、目的は無事に達せられたのだろう。

「大いなる実りは聖地カーラーンの地中に再び収束した。とりあえずは礼を言おう……ありがとう。大いなる実りもこの大地も失わずにすんだようだ」
「大いなる実りが無事ということは、種子と融合しているマーテルも無事なのだな?」
「……お前にとっては喜ぶべきことだろう。私にとっては……残念なことだがな」

大樹の暴走は終わったけれど……まだ、この場に満ちる緊張感は、消えてなくならない。山が一つ、終わっただけだ。
ぐっとこぶしを握って、何かを覚悟したようなロイドが、コレットにそっと声をかけた。

「……コレット。なんとかおさまったみたいだぜ」

コレットの肩が、びくりと跳ねる。ようやく落ち着きを取り戻していた彼女は、その震える体をゆっくりとわたしから離すと、自嘲するような、無理やりな笑顔を浮かべて、肩にかけていた帯をずらした。
そうして再び、みんなの前にさらされた、変質してしまった肌を見せながら……まるでそうと言って、自分を否定してほしいように。ううん、否定されても自分が傷ついたりしないための予防線のように、気持ち悪いよね、と呟いた。

「こんなの気持ち悪いよね? ……こんなの、変だよね? ……こんな……こんなの……」
「気持ち悪くなんてないよ」
「……来ないで! 見ないで!」

コレットに手を伸ばそうと近付いたロイドから逃げるように身をすくめた彼女は、だがそのまま、ぼすりとわたしに倒れこむように気を失ってしまった。

「コレット!」
「……大丈夫。気を失っているだけみたい」
「ええ。村へ……連れていきましょう」

コレットの様子を看たリフィルさんの言葉を聞いて、驚きの声を上げるのはジーニアスだ。
当然である。ここから一番近い場所で、彼女の故郷であるとはいっても……このメンバーの中には、イセリアから追放されてしまった人間が三人もいる。

「イセリアへ!? ボクもロイドもナギサも追放されてるんだよ!?」
「コレットの家はイセリアにあるのよ。それに……牧場に収容されていた人たちを、ここにおいていくわけにはいかないわ」

牧場から救い出した人たちが、不安そうにコレットの様子をうかがう視線を感じて、わたしは再び帯をかけて彼女の体を隠した。みんなの視線からは、純粋に自分を救ってくれた神子さまを心配する気持ちしか感じられなかったけれど、彼女は好き好んでみんなに見られたくなどないだろう。
……大好きなロイドにだって、きっと見せたくなかった。
ロイドはしばらくの間コレットを黙って見つめていると、やがてゆっくりとうなずいた。

「……そうだな。イセリアへ……行こう」
「……では、しいなはイセリアに戻らせる。ではな」

ぷつりと、通信機の音が途切れる。
……まだ、まだ。世界の再生は、遠い。