テセアラの王都メルトキオに到着したところで、しいなが離脱した。彼女の故郷であるミズホの里に、神子の暗殺に失敗したことを報告しに行かねばならないのだと言う彼女に、確かにしいなが最初に掲げていた目的は達成できなかったんだよな、と今さらのように思い出す。
それでも、やっぱりしいなはとても優しい人で。王様にこれまでの経緯と協力を願う手紙を書いたから、これを渡すといい、と心配してくれたことに感謝して。きっとまた会えるはずだと信じて、わたしたちは誰一人さよならを言わずに見送った。
「うわー、こっちにも犬はいるんだね」
訪れたメルトキオは、美しく整備された大きな町だった。王都、というのがどういうものか、ゲームくらいしか知識のないわたしにはいまいちイメージできていなかったのだけれど。西洋ぽいレンガ造りの建物に、綺麗に塗装された道。ロイドたちと比べてデザインにも凝った服を着た人が当たり前に歩いていて、活気づいた人の声が聞こえるあたり、パルマコスタに訪れた時にも感じた「希望に満ちた発展した町」という印象が、ここでも強く感じられた。
なるほど、王都。繁栄の中心。そりゃあ、みんな明るい表情をして、綺麗な街並みを当たり前に歩いているはずだ。
しいなの常の反応的にも当然だけれど、犬や猫なんかもいるし、生活基準がずいぶんと違うようではあるけれど、テセアラは全くの未知の場所……という感じでもなさそうで少しだけほっとした。
野良犬なのか、放し飼いなのか。わからないけれど、人懐っこそうにこちらへ尻尾を振る犬に、わたしたちは思わず頬を緩めて足を止める。たぶんそれがいけなかった。
コレットが立ち止まってくれなかったのだ。わたしに手を引かれて動くだけだった彼女は、立ち止まれば立ち止まってくれることが多かったのに。今回は立ち止まることなく、するりとわたしの手すら解いてそのまま歩いて行ってしまった。近寄ってきた犬すら一瞥すること無く、むしろそこに存在していたことに気付かないといった様子で、蹴り飛ばすようにして歩いていってしまったのである。
あんなに犬が大好きで、世界中で見かける犬という犬に勝手に名前をつけて可愛がっていたのに……その姿に思わず呆然としてしまう。
「コレット!? 前は犬があんなに好きだったのに……」
「ふぉっふぉっふぉっ。これはまた乱暴なお嬢さんですなあ。素晴らしいですなあ……」
偶然通り過ぎた眼鏡の男が、その様子を見て笑う。凄く嫌な感じだ。誰だか知らないけれど、乱暴が素晴らしいってどういうことだ。
少しだけ睨んでしまったけれど、それより歩いて行ってしまったコレットを追い掛けなくてはいけない。さっさと頭からその男のことを消して、今なおまっすぐ歩き続けるコレットの背中を追いかけた。
「今の男、何なのかしら……」
「おっと!?」
「コレット!」
「あ、危ないわね!」
ああ、遅かった。
一人でぐんぐん歩いて行ってしまった彼女は、一つの集団にぶつかってしまったようだ。しかも一人を除いてえらく豪華なドレスを着た女性ばかりで、見た目通りプライドの高そうな声が聞こえてくる。
わたしは慌てて駆け寄ってコレットと手を掴んで止めると、深々と頭を下げた。
「ご、ごめんなさい」
「何ぼーっとしてるのよ!」
「まあ抑えて抑えて、俺さまの可愛いハニーたち。そこのクールな彼女〜怪我はない?」
歌うように、女性を引き連れていた赤毛の男が笑いかける。
諫めてくれるのは助かるけれど、なんとも軽そうというか、なんというか。今まであまり出会わなかったタイプの声にちょっと引っかかるけれど、当然、コレットは反応しない。
黙ったまま、無視しているようにも見えるコレットの態度は見事に彼女たちの顰蹙を買ったらしく、甲高い声を発しながらコレットを睨んだ。
「んまああああああ! ゼロスさまがお言葉をかけてくださったのに、なあにこの子!」
「お祭りでもないのに、天使さまの仮装なんかして、バカじゃないの!」
「信じられない、このブス!」
うわあ、面倒くさい。
見た目からして貴族階級とかだと思うけど、罵り方がものすごく低レベルだ。貴族のお嬢様らしく、もっと皮肉が聞いたパンチをしてほしいんだけど。そもそもコレット普通に美少女だし、人をけなす時に外見のことしか言えないなんて情けない。
なんて。いろいろ言い返したいのをぐっとこらえて頭を下げる。怒らない、怒らない。怒ってもいいことはない。それに、コレットだって本当は謝りたいだろうから、わたしが変に怒るわけにはいかない。
でも、そうやって必死に自分に言い聞かせているわたしとは違って、ジーニアスとロイドは、コレットが馬鹿にされたことが素直に許せない、言い返さないわけにはいかない、と判断したらしい。追いついてすぐに、彼女たちの言葉に噛み付いた。
「な、何だって!」
「よせよせジーニアス。あの人たちの家には鏡がないんだよ」
「何ですって!?」
「ああ、もう……」
「……バカな子たちね」
ロイドって、学校のテストの成績は悪いんだけど、こういう時の切り返しは切れ味があるな、と思う。やっぱり地頭はいいと思うんだよな。今のはつまり、お前の方がブスだっていう皮肉だし。低レベルな喧嘩は軽くあしらう、というのは頭のいい人の立ち回りだって、わたしは勝手に思っている。
まあ、九九が言えないのは事実だし、いろいろなところでお馬鹿さんだと認識してしまうのも、また事実だけど。そこがいいところなんだよ、と脳内でコレットが笑った気がした。
「ま〜ま〜落ち着けって。彼女、怒ってるの? キミって笑ったら、きっとひまわりみたいにキュートなんだろうな〜」
簡単に煽られた彼女たちをもう一度なだめてから、赤毛の……えっと、ゼロスさまはコレットの肩に手を置く。彼女が何か一つでも反応すれば、無視されたわけじゃないのだからと場を収めてくれるつもり、だった、のだと思う。
だがコレットはその手を掴むや、そのままぐるんと回転させて放り投げた。
「きゃああああ! ゼロスさま!」
「うわっと!? いや〜驚いた。天使ちゃん強いね〜俺さま超びっくり!」
完全な不意打ちだったが、ゼロスさまは空中で回転しながら、華麗に地面へと着地する。
わ、軽いだけかと思ったけど凄い身のこなしだ。思わずロイドたちも彼を見ると、彼はこちらへと近付いてきた。
「あ、あんたは一体……」
「野郎はどうでもいいや」
「……嫌な奴」
近くで見ると確かにかっこいいんだけど、露骨に男に冷たいなあ……さっさとロイドたちを通り過ぎて、ゼロスさまはリフィルさんへ笑いかけた。
「おおお! ゴージャス! 美しいあなた、お名前は?」
「人に名前をたずねる時は、まず自分から名乗るべきではなくて?」
「あ、ロイドのまねっこ」
「……人が言ってるのを聞くと、偉そうなセリフだな」
「偉そうなセリフだもん」
「おっと、俺さまをご存知ない? これはこれは、俺さまもまだまだ修行不足ってことだな〜」
ふと、そうおどけて見せる彼の笑顔に、見覚えがあるような気がした。
楽しそうで、明るい、んだけど。何かを隠して押し込めているような……つい最近まで、身近で見ていたような……どこで見たんだろう。
「ゼロスさま! 行きましょうよ!」
「おっと、そうだな。じゃあまたどこかで。美しいお姉さまと可愛い天使ちゃん、正統派なお姉ちゃんと、その他大勢さんよ〜」
だから正統派ってなに。
前にコットンさんにも言われた誉め言葉なのかわからない言葉に呆れながら、女性を引き連れて嵐のように去って行く彼を見送った。
「なんだったんだ、アレ……」
「変な奴。ずっとニヤニヤしててさ。バッカじゃないの」
「ああいうのをナンパ男っていうんだよ。二人はあんな風にならないでね」
「は〜い」
素直に頷く二人。
ああでも、ちょっとロイドは心配だな。この子なんか天然でやらかしそう。
「……あの男、エクスフィアを装備していたわ」
「え! 嘘!?」
「だからあんな身のこなしだったのか……何者なんだ? あいつ……」
リフィルさんが呟いて、ジーニアスが慌てて彼が去った方を見る。
当然、もう姿はどこにも無いが、だからコレットに投げ飛ばされても平気だったのかと納得した。
ここだとエクスフィアは一般の人でも身に着けるものなのだろうか。それとも、ああ見えて何か役職を持っていたり、軍隊に所属していたりするのだろうか。
「……エクスフィアといえば。なあナギサ、そのエクスフィアどうしたんだ?」
ふと、ロイドに指摘されて自分の右手に目を向ける。
そこにあるのは、どことなく見覚えのある碧の石だ。つまりエクスフィア。
わたしが今まで着けていなかったはずの……そうだ!
「え? ……あ! これ、借り物なのに持って来ちゃった」
「どういうことだ?」
「えーと、エクスフィアで能力をあげて、それでわたしを治療してたの。このエクスフィアは、治療のためだけに貸してくれた大切なものだってさ」
治療のために貸してもらって、そのまま持ってきてしまったんだった。本調子になるまで戦闘も控えるようにとかなんとか言われていたことも今さら思い出す。
ああ、そうだった、そうだった。これって完全に借りパクじゃん。大事なものだとかなとかも言っていた。いいのかな、困ってないかな。
ここに来るまで戦闘はそんなになかったし、コレットの手を引く担当をしていたから二軍に控えていたから、すっかり忘れていた。
「そうなのか。……ま、それならそのまま借りちゃおうぜ!」
「いいのかな……」
「別に構わないでしょう。彼らはそれを使って治療してでも、あなたとロイドに何かさせたいことがあるのでしょう。エクスフィア装着していた方が生存率も高くなりますから、彼らにとっても悪いことにはならないわ。せっかくだから、使わせてもらいましょう」
ここからは何があるかわからないし、と言うリフィルさんにわたしも納得する。
確かに、これはこのまま借りておこう。どことなく見覚えのあるそれを持っているのは、なんだろう。どこかむず痒い感じがする。これが、エクスフィアから力をもらっている感覚なのかな。
誰の命を吸い取ったのかは知らないけれど……ありがたく、使わせてもらおう。
「大丈夫だって! それに、俺もソーサラーリング返してないけどさ。そのおかげで今まで封印で困らなかったんだし、それも絶対役に立つって」
「うん……うん? あ、ロイド。そういえばいつまでソーサラーリング……」
「あーっよし! 早く行こうぜ!」
ずんずんと歩き出すロイドにため息を吐く。
この旅は、思った以上にいろんなものを借りパクしているのかもしれない。